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2012年4月 2日
農産物の輸出戦略の立て直し
ジャーナリスト 村田 泰夫
「攻めの農業」の具体例として挙げられるのが、国産の農林水産物の輸出である。農業の成長産業化の証として「輸出できる日本農業の実現」を掲げ、農水省は平成24(2012)年度予算で「輸出戦略の立て直し」を打ち出した。
ところが、世間の見方は厳しい。「価格競争力がないのに、輸出なんて無理」「東電の福島第一原子力発電所の事故で、日本産農林水産物に放射能汚染という風評がついて回っているのに、今、なんで輸出なんだ」。たしかに、農林水産物の輸出についての足元の状況は厳しい。
日本産農林水産物・食品の輸出数量は、このところ減っている。2003年から07年まで輸出は順調に伸びていた。年率11.0%に達し、07年の輸出額は5160億円にのぼった。当時の農水省は「13年に1兆円」といいう目標を掲げた。ところが、08年にリーマン・ショックが発生し、世界中の需要が冷え込み、09年の輸出額は4454億円に減ってしまった。09年秋ごろから回復し始め、10年には前年比10.5%増の4920億円にまで戻し、その後のV字回復に期待が集まった。そこに、11年3月11日の東日本大震災を引き金とした、東電原発事故が起きてしまった。結局、11年は前年比8.3%減の4513億円にとどまった。やむなく、農水省は1兆円という輸出金額目標の達成年を「20年」と7年も先に延ばさざるを得なくなった。
増え始めた輸出が減った原因の第一は、原発事故による放射能汚染の風評被害である。輸出先として最も有望視されていた中国が、「福島など10都県のすべての食品や飼料を輸入禁止」にしたうえ、10都県以外の農林水産物・食品についても、放射性物質に汚染されていないという検査証明書や、産地証明書の提出を要求してきた。そのほか、台湾、香港、EU(欧州連合)、米国など世界の43カ国・地域が、日本産農林水産物・食品の輸入規制強化に踏み切った。
輸出減少の要因は、原発事故だけではない。08年当初、1ドル=100円程度だった為替レートが、11年には80円を切る超円高になったことも、日本産の輸出競争力をそぐ一因になった。
さらに、日本産の農林水産物や食品の輸出に力を入れているJETRO(日本貿易振興機構)によると、「日本食と日本産食品が必ずしもリンクしなくなっている」という。どういうことかというと、日本食に対する人気は海外で高まっていて、タイのバンコクや英国・ロンドンなどで日本食レストランは増えている。ところが、その店で使われる食材は日本産ではなく、現地で調達された日本品種の米や野菜であることが少なくない。日本産は日本酒や和牛、調味料など一部に限られるようになっているという。
そこで、農水省は輸出戦略の立て直しに取り組もうと、24年度予算で「輸出拡大リード事業」に3億2千万円、「輸出拡大サポート事業」に9億1千万円を計上した。輸出拡大リード事業では、①主要な輸出国においては、重点を置く品目や主要な購入層に向けた働きかけなど「国別マーケティング」を強化する、②国際見本市などの場に日本食のパビリオンを出展したり、日本食の文化や魅力を海外の消費者に伝えるなどの「販路拡大」につとめる。輸出拡大サポート事業では、品質管理の国際基準を導入したり、国内農林漁業者と海外の実需者・バイヤーとの商談機会を支援したりして、「ジャパンブランドの再構築」をはかることにしている。
輸出が伸び悩む大きな原因である原発事故や円高に対する対応は、ひとり農水省や農林漁業関係者が頑張って解決する問題ではない。原発事故による放射能汚染問題については、一日も早く除染に取り組んでもらうしかないが、風評被害については、正確な情報をていねいに発信することによって軽減することができる。必要ならバイヤーを産地に招き、実際のところを見てもらうのも一つの方策である。
原発事故対策や円高対策はさておき、政府や関係機関がやろうと思えばやれた輸出促進策が、なおざりにされてきたのではないか。振り返ってみれば、わが国の輸出促進策は貧弱だった。輸出補助金を付けろといっているわけではない。国際的な貿易ルール(WTO)に抵触しない範囲内でやれる輸出促進策に、思い切って取り組む必要がある。
米国やEUは、主要な輸出先に輸出促進団体の現地拠点を置き、マーケティングやプロモーション活動に積極的に取り組んでいる。日本でも関係自治体や業界のつくる輸出促進協議会のような団体がつくられ活動しているが、輸出先に現地拠点があるわけではなく、出張による販売促進PRや展示即売会がせいぜい。それに対し、米国では連邦政府や州政府が直接支援する品目別の輸出促進団体があり、主要輸出国には現地拠点を設けて、継続的に販売促進活動を繰り広げている。EU諸国でも米国と同様に、ワインやチーズなど個別の品目や産地ごとに輸出促進団体が組織され、積極的な販促・PR活動をしている。
ちなみに、米国には連邦政府の直轄支援団体が87あって、現地に代表を置いている。フランスには「フランス食品振興会」(SOPEXA)の海外事務所が34カ国に42事務所ある(いずれも農水省調べ)。また、輸出促進団体を支援する国の予算額は、日本ではわずか4億円だが、米国では225億円にのぼる。
動植物検疫など、政府でなければ解決できない輸出促進策についても、政府はもっと積極的に取り組む必要がある。たとえば、日本産米の中国向け輸出の障害となっているのが、カツオブシムシの燻蒸である。日本産米にはカツオブシムシがいるおそれがあるとして、中国政府は燻蒸を義務づけている。日本国内に燻蒸施設が足りないことも一因で、対中輸出が増えない。検疫は自国内に害虫や疫病が侵入しないように義務づけられるものだが、もちろん科学的根拠がなくてはならない。中国政府と粘り強く交渉し、検疫不要にできないか、あるいは、せめてもっと簡易な方法ですませられないか、検疫の壁を低くする努力を日本政府に望みたい。 (2012年3月26日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。