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2012年3月 8日
農業の成長産業化へファンド創設
ジャーナリスト 村田 泰夫
「農業は衰退産業ではなく、成長産業なのだ」。単なる呪文ではなく、具体的な事例をどんどん生みだす政策に、農林水産省が踏み切ることになった。平成24年度予算案に盛り込んだ「6次産業化の推進」であり、「農林漁業成長産業化ファンドの創設」である。
6次産業化の市場規模は、平成24年度現在、1兆円とみられているが、これを5年後には3倍の3兆円に、10年後には10兆円に拡大する数値目標も初めて掲げた。
6次産業化の推進に当たっては、ハード面とソフト面での支援策を用意する。農業生産者が単独であるいは地域の中小企業と連携して、農産物の加工販売施設を建設する際、必要な資金を助成する仕組みが、ハード面での支援である。また、6次産業化プランナーを各県に置き、6次化をめざす農業者に経営指導をするソフト面での支援体制も、整えることにしている。23年度第4次補正予算で108億円を確保、24年度予算案では38億円を計上している。
それらの支援策に加えて、目新しいのがファンドの創設である。これまで、金融面での支援といえば「融資」だった。今回は融資ではなく、6次産業化に取り組む事業体に「出資」する。事業体からすれば、融資は金利を付けて返さなくてはいけないが、出資は利子を付ける必要もないし、事業が失敗した場合には返さなくてもいい。もちろん、事業を始めたからには事業を成功させ、高い配当を付けられるように努力するのはいうまでもない。いずれにせよ、出資はリスクを負ってくれる資金で、事業体からすれば使い勝手がよい。
ファンドは、中央に「農林漁業成長産業化支援機構」を設け、国が200億円出資する。食品産業など民間企業からも20億円程度の出資を仰ぐ。地方にも「地域ファンド」を設け、そこから6次産業化に取り組む事業体に出資する。
地域ファンドは、県域ないしは具体的なプロジェクトごとに、全国各地に設ける。中央のファンドから10億円、地域の自治体や金融機関などから10億円出してもらい、合わせて20億円規模のファンドを想定している。
たとえば、イチゴ栽培農家が地域の食品メーカーといっしょに、新しいお菓子を生産販売するプロジェクトを立ち上げる場合、農業者と中小メーカーなど当事者に2億円程度用意してもらう。それでは資金が足りない場合、地域ファンドが2億円出資し、計4億円で事業をはじめてもらう。また、農水省は経営面での相談に乗るため、出資先の経営体に対して、ハンズオン(手とり足とり)の経営支援に当たることにしている。
さらに、事業体の財務体質を強くして、地域の金融機関から融資を受けやすくするため、「資本制劣後ローン」も導入する。なにやら難しい金融用語だが、やさしく言い換えれば「貸付金であるが、返済順位が一番後でよいので、疑似・自己資本とみなしてくれる」ローンである。その原資として、国は中央のファンドに100億円の融資枠を設ける。
農業は工業と比べ収益性が低い。要するに「もうからない」。その理由は、農業という産業の宿命による。作柄は天候に左右され、病害虫の被害に遭う。生鮮食品なので長く保存できず、在庫がきかない。生産に着手してから、米などは1年に1作、畜産物は牛は2年、豚は1年という期間がかかり、臨機応変に増産や減産ができない。しかしながら、農産物は私たちの命の源であり生存の基盤である食料の生産だから、人類にとって不可欠な産業であり、なくなることのない産業である。華々しくもうけることはできないが、堅実な産業である。「成長産業」という言葉は、実は農業には似合わないのかもしれないが、衰退産業などではないことは確かなのである。
農業の成長産業化ファンドの成否は、投資に値するプロジェクトが各地に誕生するかどうかにかかっている。これまで、低収益性を理由に銀行から融資を受けられず、資金不足から事業展開ができなかったプロジェクトが、今回のファンド創設をきっかけに、各地でたくさん手が挙がることを期待している。(2012年2月27日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。