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ぐるり農政【56】

2012年1月24日

進むか農地の集積

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 「農家の経営面積が小さいので、経営効率が悪い」というのが、日本農業の弱点とされている。そのためには、零細農家の農地を比較的規模の大きな「担い手農家」に集積する必要がある─「農地の集積」が日本農業の当面の重要な政策課題であることから、農林水産省は、来年度から農地の集積に本腰を入れて取り組むことになった。


 平成24(2012)年度の予算案について、農水省は「食と農林漁業の再生元年予算」と位置づけたと意気込んでいる。昨年10月25日に決まった「わが国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」にある7つの戦略に沿って、計上したという。中でも力こぶの入っているのが、「戦略1」の「持続可能な力強い農業の実現」である。その柱である農業者戸別所得補償制度については、24年度も、本格実施に移行した23年度と同じ仕組みで、実施することにしている。戸別所得補償関係の予算規模は、6901億円と前年度より減った。これは、生産者米価が下落した場合に補てんされる「米価変動補填交付金」が、23年産米の価格上昇を受けて、あまりいらなくなったためである。


 「戦略1」の中心的課題が「農地集積の推進」である。わが国の1経営体当たりの平均耕地面積は2.2haしかないが、「基本方針・基本計画」によれば、これを「平地で20~30ha、中山間地で10~20ha規模の経営体が、5年後に耕地面積の太宗(8割程度)を占める構造をめざす」としている。もちろん、このような急激な規模拡大を農地の所有権の移転で実現できるはずがなく、賃貸借(利用権の設定)による規模拡大を念頭に置いている。

 農地集積の政策手段としては、第1に、飛び地ではなく連坦化して面的に農地を集積するために利用権を取得した場合には、10aにつき2万円の交付金を支給する。予算規模は100億円。これは戸別所得補償制度の「規模拡大加算」の一環であり、農地の「受け手」に対する誘導策である。24年度については、全国で5万haの集積をめざしている。


 一方、農地の「出し手」に対する誘導策も実施する。「人・農地プラン」で、「地域の中心となる経営体」への農地集積や分散化した農地の連坦化を進めるために、農地の集積に協力した者に市町村が「農地集積協力金」を交付する。予算規模は65億円。交付金支給の「出し手」としては、①土地利用型農業から転換する農業者(水田稲作をやめてハウス栽培に特化するなど)、②農業経営からリタイアする農業者、③農地の相続人などを想定している。リタイアする農業者に支給する交付金は、いわば「離農支援金」である。

 また、「出し手」に対して、①すべての農地(10aの自留地を除く)を、10年以上、農地保有合理化法人などに白紙委任(貸付相手先を指定しない委任)すること、②今後10年間以上、土地利用型作物あるいは農作物を販売しないこと、③田植え機、コンバインなどの主要な農業用機械を処分することを条件としている。農地集積協力金の金額は、貸し出す面積によって異なり、1戸当たり0.5ha以下は30万円、0.5~2haは50万円、2ha以上は70万円で、市町村が支給するが、原資は国が拠出する。

 一方、土地利用型農業をやめたりリタイアしなくても、「地域の中心となる経営体」の分散した農地の連坦化に協力した農地所有者に対して、「連坦化連解消協力金」を支給する。支給単価は10aにつき5千円である。


 この農地の集積にからんで、目を引くのが「人・農地プラン」と「地域の中心となる経営体」という言葉である。「人・農地プラン」は、市町村や県が中心となって作成するこれまでの「地域農業マスタープラン」とは似て非なるものといえよう。似ている点は、担い手の育成、担い手への農地の集積、新規就農者の確保・育成、女性・高齢者対策などを総合的に推進するために、地域が主体となって作成する点である。


 プランの作成に当たって市町村が主導役を果たす点では、「人・農地プラン」も同じだが、その地域は、市町村や県単位ではなく、いくつかの集落が集まった「地区」や「地域」か、一つの集落を想定している点が目新しい。全国各地の農村では、高齢化が進み、後継者がいないという「人」の問題に直面しているうえ、農地の集積が進まず、耕作放棄地が増えているという「農地」の問題を抱えている。そうした地域の「人と農地の問題」を解決するには、集落や地区ごとに問題点を整理し、解決策を考え実行するしかない。地区内のどの農業者に地域農業を引っ張ってもらうのか、その農業者にどうやって地区内の農地を集めるのか、若い就農者をどのようにして定着させるのか─集落や地区内での徹底した話し合いのもとで5年後、10年後の展望を描いてもらうのが「人・農地プラン」である。人と農地をどうするのか考えてほしいという「人・農地プラン」というネーミングに、政策当局の思いが込められている。


 もう一つの「地域の中心となる経営体」は、これまで使われてきた「担い手」のことであり、言葉の意味に違いはない。「地域の中心となる経営体」という言葉は、まさに地域農業の中心的存在である農家や生産法人などの経営体のことであり、説明の余地がない。なぜ「担い手」という言葉を避ける(?)ようになったのか、明確ではない。「担い手」というと、自民党政権時代の「品目横断的経営安定対策」で、本州において4ha以上の農家を経営支援の対象に絞ったことを連想するので、民主党政権になってそれを避けたのかもしれない。


 たかが言葉だが、後になって「言い換え」に意味があったことに気づくことがある。かつて、いわゆる「担い手」をさす言葉として「後継者」が使われてきた。「後継者」という言葉には、農家の子弟つまり「跡取り」という意味が込められていた。自分の息子が経営を継いでくれるかどうかが、農家にとって最大の関心事であった時代の言葉である。現在でも「跡取り」問題が重要であることに変わりはないが、すべての農家に跡取りは必要ではなく、地域の農業を担ってくれる若い人がいれば十分という考え方が出てきてから、「担い手」いう言葉が広く使われるようになってきた。そして、今度は「中心となる経営体」である。この言葉が広く定着するかどうかは、「人・農地プラン」が全国津々浦々の農村で話し合われ、策定されるかにかかっている。


 平成24年度予算案の国会審議が今月から始まるが、農水省の予算について解説した記事が少ないので、何回かに分けてやさしく説明することにする。 (2012年1月19日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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