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ぐるり農政【55】

2011年12月15日

新年もやはりTPPが焦点に

                              ジャーナリスト 村田 泰夫


 2011(平成23)年は、農業界にとって、いいことがあったとは言えない。3・11東日本大震災は農業や漁業関係者に多くの犠牲者を出し、多大な損害を与えた。震災による東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故は、風評被害を含めて、福島県のみならず全国の農林水産業者に、はかりしれない打撃を与えた。また、11月には野田政権が「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加の意思を表明し、影響を受ける農業関係者に大きな衝撃を与えた。

 新年は、農業界にとって、どんな年になるのだろうか。いい年になってほしいと願うが、10年、11年と同じように、TPPが最大の焦点であり続けるのではないか。


 政府は12月中旬、TPPに関する初の関係閣僚会議を開いた。野田佳彦首相は「きちんと情報提供し、十分な国民的議論を行ったうえで、あくまでも国益の視点に立って結論を得る」と述べた。その言やよしである。およそ考えられない懸念をTPP反対派から流布されたのは、政府が情報を国民に提供してこなかったことにも一因がある。

 初の関係閣僚会議では、関係国との事前協議を本格化させるのに備え、内閣府に「国別協議」「国内省庁間調整」「広報情報提供」の3チームを設けることを決めた。事前協議を経て正式メンバーとして交渉に入る段階になれば、それこそ国益を背負った交渉力のある人材を、「日本政府代表」として送り込まなくてはならないだろう。


 韓米FTA(自由貿易協定)については韓国側が一方的に不利で、まるで「不平等条約」だとの批判がついて回っている。TPPの交渉項目を見る限り、日本に有利になりそうな項目が多いが、交渉次第では国益を大きく損なう懸念もないわけではない。国際的な通商交渉は、取るか取られるかの駆け引きが繰り広げられるから、ある程度の妥協はつきものであろう。しかしながら、絶対譲れないことを押しつけられた場合には、「参加しない」決断もいとわない姿勢で交渉に臨んでもらいたいものだ。

 11月12日にハワイで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議の席上で、野田首相がTPPへの参加の意思を表明したのだが、その前後に国会で行われた質疑には、首を傾げるものがある。


 第1に、「中身がわからないうちに、参加表明をするのは時期尚早だ」という説。TPPは現在21分野について、参加9カ国で交渉中だ。固まっている事項もあれば、まだ意見の相違が大きい事項もある。TPPの母体となったP4(パシフィック4)というニュージーランド、チリ、シンガポール、ブルネイ4カ国による協定文はあるが、米国など5カ国が新たに加わることになったTPPでは、協定文を改めて作り直している。まだできていないのだから、中身がわかるはずもない。逆にいえば、交渉に参加して、自国に有利な内容にもっていく余地が残っているのである。


 第2に、「主食である米については、日本は関税撤廃の例外として決めて交渉に臨むべきだ」という説。国会で自民党議員が「例外とすると明言せよ」と、野田首相に執拗に迫っていた。米はわが国農業の基幹作物であり、安易に関税をゼロとすべきでないという主張には、耳を傾けるべきものがある。しかし、最初から「関税ゼロ」を国是として通商交渉に臨むのは得策ではない。通商交渉の駆け引きは、水面下ですべき事柄である。野田首相は国会で「何を守るか、手の内を見せることはない」と述べたのは、その通りである。しかも、相手がどう出てくるかわからないのに、みずからの手を縛って交渉上の柔軟性を奪うことはない。

 日本が絶対、米の関税撤廃に応じないことを明言して交渉に臨めば、交渉相手はものすごく高くつく代償措置を求めてくるに違いない。ウルグアイ・ラウンド(UR)農業交渉での「米の関税化拒否」がそうだった。日本は粘り強い交渉で「米の関税化」の阻止に成功した。米についてのみ「関税化の例外」を勝ち取ったのである。その代わり、国内市場の4~8%相当の米を、外国から低関税で輸入するミニマム・アクセス(MA)米を受け入れざるを得なくなった。いまから振り返れば、関税化に応じていても関税率は778%と高いので輸入されることもなく、かつ処分に困るMA米の輸入量も少なくて済むから、自給率はここまで下がらないですんだ。UR交渉の失敗を教訓としなければならない。


 第3に、ハワイでオバマ米大統領と会談した野田首相が「すべての物品やサービスを貿易自由化の交渉テーブルに乗せる」と言ったか言わないかで、もめていること。野田首相は「言っていない」と弁明しているが、TPPで「すべての物品やサービスを交渉のテーブルに乗せる」のは当然のことである。しかし、間違わないでほしい。すべてを自由化することとは違う。すべての項目を交渉のテーブルに乗せて交渉して初めて、例外を勝ち取れるのである。問われるべきことは、日本の交渉力である。


 第4に、「気にくわなかったら参加しないことを明言して交渉に臨むべきだ」という説。最初から明言せよというのがわからない。たしかに、交渉の結果、国益を守れないことがはっきりすれば、交渉から離脱すればいい。また、協定の合意案ができても参加しないこともあり得るのは、当然である。政府間交渉が合意しても、国会が批准せずにTPPに参加しないということだってあり得る。これは、どんな交渉ごとにも当てはまることである。地球温暖化を防ぐ国連の「京都議定書」の合意に、米国は主導的な役割を果たしたにもかかわらず、参加しなかった。ことの善しあしは別にして、国際間の交渉では合意に達しなかったり、合意しても離脱することはままあることである。


 TPP交渉についても、野田首相は「国益を損ねてまで参加することはない」と国会で明言している。自由貿易をめぐっては、現に日本と豪州とのEPA(経済連携協定)交渉は、2007年4月からスタートして5年もたとうとしているにもかかわらず、今もって合意していない。日韓EPA交渉も中断したままだ。もちろん、いずれの交渉も合意をめざしてスタートしたのであり、「合意しなくてもいいや」と思いながら交渉をしたわけではあるまい。もしそうであれば、相手国に失礼である。TPPについても、参加の意思を明言した以上、参加できるように日本が努力するのは当然である。しかし、万が一、国益を損ねるような内容になるのであれば、敢然と席を立つ勇気が必要である。最初から参加しないつもりもあると明言して交渉するものではあるまい。(2011年12月14日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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