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ぐるり農政【49】

2011年6月21日

震災復興の手法は地域主体で

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


 東日本大震災が起きて3カ月が過ぎた。津波の被害を受けた宮城県や岩手県の三陸沿岸の港町の中には、がれきの撤去が進み、だいぶ片づいてきている地域もある。一方、なおがれきがうず高く積まれたままの地域もあって、復旧作業の進捗具合に差が出てきている。被災した市町村のほとんどが、復興計画の策定作業に着手している。具体的な復興計画の策定段階に入ってから、自治体のアプローチの仕方に、違いが目につくようになってきた。どれが正しくて、どれが間違いというのではなく、震災の復興は、それぞれの地域の主体性を生かせばいいのであろう。


 岩手大学農学部教授で、政府の復興構想会議検討部会の専門委員でもある、広田純一さんの話を聞く機会があった。津波で大きな被害を受けた三陸地方を歩いてみると、さまざまな特徴に気がつくという。共通していることは、津波の被災地は、財産のすべてが流されてしまっていることと、被災地の原状復旧が困難なことだ(跡地がそのまま使えない)という。これが地震による被災との大きな違いだ。また、三陸地方の津波被災地は、宮城県の仙台湾岸地域と違い、近隣に雇用力の大きな都市がなく、生活の再建には、漁業や農業など地域産業の早期再建が不可欠であるという。


 一方、被害の状況は、地域によってかなり違いがあると、広田教授はいう。津波による死者・行方不明者の数は、岩手県宮古市以南、宮城県石巻市以北の三陸地方南部に多い。広田教授が調べたところ、宮城県女川町、岩手県大槌町・陸前高田市では全人口の10%以上が亡くなったり行方不明になったりしている。被災者率(死者・行方不明者・避難者の合計)では、陸前高田市が全人口の79.5%に達している。次いで、大槌町52.6%、岩手県南三陸町44.4%、女川町35.5%だという。


 私たちは、死者や行方不明者の数を、震災被害の大きさをはかる尺度にしまいがちである。たしかに、住民の命がどれだけ失われたかが、被害の大きさの一つの尺度になることは否定できない。だが、岩手県の三陸地方北部の市町村で、死者や行方不明者の数が相対的に少ない地域でも、港や水産加工施設、住宅などすべての設備や財産が津波で流されてしまい、生活再建のめどが立たない市町村が少なくないと、広田教授はいう。人的被害が相対的に少ないからといって、震災被害が少ないと思い込んではいけないという指摘である。


 がれきの処理が進み、仮設住宅への入居も始まり、復旧・復興へ向けた動きがやっと本格化してきた。被災した市町村、県、それに国のレベルで復興プラン作りが進んでいる。しかし、復興プラン作りは一筋縄ではいかない。たとえば、住宅の再建。堤防が壊されてしまった現状では、元の場所に住宅を建てなおすのは難しい。といって、国や県の復興プランのように、高台に住宅団地を造成し、高台にある住居から作業場のある浜に「通勤漁業」をしろといわれても、漁業者の中には面食らってしまう人もいよう。


 県主導による復興をめざす宮城県は、国の「復興構想会議」とは別に県独自の「宮城県震災復興会議」を立ち上げた。小宮山宏・前東大総長を議長に、寺島実郎・日本総研理事長ら著名な有識者を集め、まるで国に対抗するほどの意気込みである。この復興会議に県が提出した復興計画1次案には、野心的な構想が盛り込まれている。とくに注目されるのは、沿岸の住宅地を高台に移築する「職住分離」と、沿岸漁業に民間資本の参入を促す「水産業復興特区」構想である。


 宮城県の村井嘉浩知事がご執心の「水産特区」は、これまで、地元の漁業者の組合(漁業協同組合)にしか認められてこなかった漁業権を、漁業者以外の民間株式会社にも認め、その水産会社に地元の漁業者を雇ってもらおうという構想である。地元の漁業者は津波で小さな船を流されてしまい、資金の手当てのできない零細漁業者の中には、廃業せざるを得ない人も出てくる。それならば、外部資本を導入して漁業を再開し、地元の漁業者がその会社に雇われる形をとれば、零細漁業者は当面の仕事と賃金を確保できるうえ、将来みずから船を購入して、漁業を再開する道が開けるという考え方である。


 これに対し、1県1漁協である宮城県漁協は「絶対反対」の立場を明確にしている。「外部の株式会社に漁業権を譲り渡してしまえば、漁業者は浜から追い出される」というわけだ。しかし、被災地の漁業関係者の中には漁業者で共同経営会社を設立する動きもあり、「水産特区」構想に理解を示す漁業者もいる。


 農業についても、「水産特区」と似た構想が、国や県だけでなく市町村段階の復興プランにもある。農業の担い手は高齢化しており、今回の震災で農地が海水につかり、農機具を全部流された農業者の中には、これを機に廃業しようとしている人が少なくない。であるならば、農地を集めて再整備し、営農経営体や株式会社を設立して、その経営体に雇われる形で営農を再開すれば、農業者の仕事と賃金を確保できる。これを機に大規模化できれば、震災以前より効率的な農業生産も可能だ。


 農業の場合、すでに集落営農や株式会社形態による農業生産の事例が数多く、農業者や農協の間に抵抗感は少ない。しかしながら、農地の権利調整は、言うは易く行うは難しである。


 「水産特区」や「農地の集約化」について、はなから拒否するのではなく、地域の話し合いでやれるのならやればいいし、やれないのであれば別のアプローチがあってもいい。岩手県の場合、市町村の復興プランを優先する考え方が強いと聞いているが、その岩手方式でもいいし、県主導の宮城方式でもいい。震災の被害の程度が違うし、復旧のスピードも違う。当然、市町村や県によって復興に取り組むアプローチに違いが出てくるのは当然であり、地域主体の復興プランを財政面で国がしっかり支える仕組みさえできていれば、それでいいのであろう。(2011年6月20日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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