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ぐるり農政【46】

2011年4月14日

東日本大震災と農業被害

                      ジャーナリスト 村田 泰夫


 東北、関東地方を襲った東日本大震災は、3月11日の発生から1カ月以上たったいまなお、被害の全貌が明らかになっていない。その理由は、マグニチュード9.0という未曽有の大地震だったうえ、被害が東日本の太平洋側500kmという広範囲にわたっているというだけではない。東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故が起き、いまもって収束の見通しさえついていないからである。とくに、原発から半径20km圏内では、行方不明者の捜索すらできていない。亡くなった人だけで、4月11日現在で1万3130人。毎日その数が増えていくのが、やりきれなくなるほど悲しい。心からお悔やみを申し上げたい。


 今度の大震災による農林漁業の被害は、どれほどにのぼるのであろうか。農林水産省が1カ月後の4月11日に発表した数字がある。水産関係が最も多く5746億円、次いで農業関係で5267億円、林業関係は969億円である。合わせると1兆1982億円にのぼる。具体的にみると、水産では漁港施設などが3781億円、漁船の流失・損壊が1150億円、農地の損壊が2812億円、農業用施設の損壊が2052億円などである。これらの被害額に、いわゆる「風評被害」は入っていない。今後、被害調査が進み、さらに風評被害を含めれば、被害額は相当ふくらむことであろう。


 農業の被害はどうだろうか。福島県は3月25日、県内の全農家に、田植えや種まきなどの農作業を当面延期するように求めた。これは地震と津波の被害が原因なのではない。原発事故による放射性物質の拡散で、土壌汚染の恐れがあるからである。田植え前の代かきで水田の土をかきまぜることや、大豆やソバなどの畑作物の種をまくために土を耕すことを、見合わせるように求めたのである。

 そもそも、福島第一原発から半径20km圏内は「避難指示区域」。そこにとどまることすら許されないから、農作業は論外。30km圏内は「屋内退避区域」だから、屋外で農作業をするわけにはいかない。避難区域以遠でも、高レベルの放射性物質が検出される場所があることから、福島県は、とりあえず県内全域で農作業の延期を求めたうえ、避難区域外の土壌を調べることにした。
 その結果、飯館村と浪江町の土壌から、作付制限基準を超える放射性物質が検出されたが、他の地域では、基準を超える放射性物質は検出されなかった。このため、県は国と調整したうえ、避難区域に加え、飯館村と浪江町の一部地域には、引き続き作付をやめるように指示するが、それ以外の地域では作付制限を解除することにする。


 津波に襲われ、海水をかぶった農地の復旧も時間がかかる。土中の塩分濃度が高いと、稲など農作物が育たないので、水で洗うなどして塩抜きをしなければならないからだ。農水省によると、津波で海水をかぶるなど被害のあった水田面積は、宮城県、福島県、岩手県、茨城県など東北、関東の6県にまたがる2万haにのぼる。約11万tの米をつくれる面積で、全国の収穫量の1%強を占める。全国の米生産量に占める地位は、宮城県は6位、福島県が4位と「米どころ」である。

 地震と津波による農業への被害は大きいが、十分な予算をつけて農業用水路などの復旧を急げば、1年後には復興の展望が開ける。2004年の新潟県中越地震では、中山間地の旧・山古志村で、棚田が崩れ、特産の錦鯉の養殖もできなくなるなど、地域産業は大打撃を受けたが、誤解を恐れずにいえば、1年後には再興に向けての展望を描くことができた。
 ところが今回の大震災で、復興への展望を描こうにも描けず、気分を重くしているのが、福島の原発事故である。風評被害は、地震と津波が原因ではなく、もっぱら原発事故による放射能に対する恐怖に起因している。


 経緯を振り返ってみよう。
▼3月11日=東日本大地震発生。福島第一原発の冷却機能停止。半径20km圏内の住民に避難指示。
▼12日=同原発の敷地内の放射線量が規制値を超える。
▼19日=福島県内産などのホウレンソウ、原乳(生乳)から食品衛生法に基づく暫定規制値を超える放射性物質が検出。出荷自粛。
▼21日=政府が福島県、茨城県、栃木県、群馬県産のホウレンソウとカキナ(ナバナ)、福島県産の原乳の出荷を控えるように求めた出荷制限。
▼22日=東京・金町浄水場の水道水から、乳児の摂取制限値を超える放射性物質が検出。
▼23日=出荷制限品目と地域を拡大。福島県産のホウレンソウ、コマツナ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなどの摂取を控えるように求める摂取制限。
▼4月4日=福島県会津地方産の原乳、群馬県産のホウレンソウなどの出荷制限を解除。この後、県域ではなく、市町村域ごとの制限と制限解除。
▼4日=茨城県沖でとれたコウナゴから、高レベルの放射性物質が検出。
▼12日=福島県内の農地の放射性物質検査。飯館村と浪江町の一部から、作付制限基準を超える数値が検出。


 出荷制限や摂取制限の対象となった農産物や牛乳、飲料水が市場に出回らないのは当然である。市場に出回っているものは、通常より高い放射性物質の数値が検出されたとしても、それを口にしても健康被害につながらない程度の水準である。にもかかわらず、消費者は「○○県産の野菜は食べない」とか、小売店が「○○県産の魚は取り扱わない」といったふうに、買い控えしてしまう。これが「風評被害」である。

 風評被害は、安全と安心の問題である。政府の食品安全委員会や厚生労働省が、専門家の意見を聞いたうえで一定の規制値を定め、「直ちに健康に被害をもたらす水準ではない」として「安全」のお墨付きを与えても、「安心」を求める消費者を納得させることはできない。科学的な根拠を示して「安全だ」と専門家が強調しているのに、それを信じない無知な消費者が愚かなのだろうか。店に並べても売れないからといって仕入れを拒む流通業者を、風評被害を拡大するけしからん商人として指弾すべきなのだろうか。


 現段階の農水産物に対する被害の最も大きな部分は、おそらく「風評被害」であろう。科学的な根拠に基づかない買い手の行動に起因することだから、早くなくさなければいけないことなのだが、消費者や流通業者を批判してもはじまらないところが、この問題の難しさである。(2011年4月13日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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