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2011年2月16日
TPPの影響試算を読み解く
ジャーナリスト 村田 泰夫
TPPに参加しなければ日本経済は「孤立してしまう」のだろうか。あるいは、TPPに参加すると日本農業は「壊滅してしまう」のだろうか。TPP推進派、反対派とも、それぞれの立場に都合のいい主張をしているように見える。政府部内でも意見が異なる。2010年秋、菅直人首相が「参加検討」を表明した後、慎重派の農林水産省と、推進派の経済産業省、それに内閣府がそれぞれ試算値を公表した。それらの試算値はまちまちで、どう読むべきなのか迷う。解読が必要である。
TPPは環太平洋地域の諸国間で互いに関税を撤廃する自由貿易協定だから、国際競争力のない産品は外国産に駆逐され、逆に競争力のある産品にとっては、市場が広がり生産を増やすことができる。TPPによってだれがメリットを受け、だれが被害をこうむるのか。わが国では、安い農産物が外国から流入するので価格が下落し、消費者はメリットを受けるが、コストが高く競争力のない国内の農業生産者は、採算がとれず大きな打撃を受ける。一方、国際競争力のある自動車やハイテク製品を生産するわが国の産業界は、関税撤廃で輸出量を増やすことができ、大きな利益を得る。
農業界が被害を受け、産業界が利益を得る構図は、だれにでもわかる。TPPの影響についての政府部内の試算値も、それを裏付ける結果になっている。
まず、農水省は国内農業の生産額が毎年4兆1千億円も減って、いまでも40%しかない食料自給率(カロリーベース)が14%程度に激減してしまうという。試算の対象品目は、関税率10%以上、国内生産額10億円以上の19品目に限っての数字で、実際にはもっと大きな影響があるという。
計算は、内外価格差や品質格差から見て、輸入品と競合する国産品と競合しない国産品とに分け、競合する国産品については輸入品に全部置き換わるとみなして、「国産品価格×国産品生産量」を生産減少額とした。一方、競合しない国産品についても、安い輸入品が入ってきて国内価格が低下するので、「価格低下分×国産品生産量」を生産減少額とした。わが国の農業の総産出額は約8兆円なので、生産額の半分以上が失われることになる。
農業は食料生産という本来的な役割のほか、農地を耕すことを通して国土保全や農村景観の維持、伝統文化の伝承など、多面的機能を果たしている。農業生産がおよそ半分失われることで、約3兆7千億円分の多面的機能も失われてしまう。その結果、産業連分析などを使って試算すると、農業および関連産業への影響はGDPの7兆9千億円の減少(実質GDPの1.6%)につながるという。
一方の経産省の試算は、TPP不参加による日本の基幹産業の損失を計算している。日本が不参加のままで、韓国が米国、EU、中国とFTAを結んだと仮定して2020年時点の貿易額を試算した。すると、輸出額は8兆6千億円減少し、GDPに換算すると10兆5千億円減少する。
また、内閣府(昔の経済企画庁に相当する部署)が公表した数値は、内閣府経済社会総合研究所の川崎研一・客員主任研究官が試算したもので、TPPに参加することにより日本のGDPは年間2兆4千億円から3兆2千億円(GDPの0.48%~0.65%)増えるという。この数値は、TPPに参加することにより工業製品の輸出が増えるなどGDPを押し上げる要因から、農業生産が減少することによるGDPの引き下げ要因を差し引いたものだ。
こうしてみると、各省庁の試算結果は、どれが間違いだとか、どれが正しいと言えるものではないことがわかる。農水省の試算は農業への影響だけを計算したもので、内外価格差をもって国際競争力とみなし、消費者は1円でも安ければ輸入品を買うことを前提としているが、実際に消費者がそういう行動をとるかどうかわからない。
一方、経産省の試算は主要産業の輸出動向だけを計算したものにすぎない。内閣府の試算は、TPPに参加することによって、ある産業はメリットを受け、別の産業は打撃を受けるが、それらを差し引きしても、国民経済的に一定のプラスがあることを論証した計算であろう。そのことは定性的には理解できても、打撃を受ける産業界を納得させることはできないだろう。
いずれにしても、打撃を受ける産業に光を当てる必要がある。打撃を跳ね返す強い産業に生まれ変わるにはどうしたらいいのか。あるいは、打撃をできる限り少なくするにはどのような防護策が考えられるのか。市場から退場を余儀なくされる者に用意するセーフティネットには、何か必要か。これらについて、政府は検討を急ぐ必要がある。(2011年2月14日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。