MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2011年1月11日
TPPに対するマスコミの論調
ジャーナリスト 村田 泰夫
農業界での2011年の正月は、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題で明けた。関係者は「おめでとう」の気分に浸っていられなかったかもしれない。一般紙の元旦の社説は「平成の開国の勧め」で明けた。反対論が圧倒的な農業界とは異なり、一般のマスコミ論調は、TPP参加推進で一致しているように見える。その論拠は何なのか、それに説得力はあるのか、点検してみよう。
まず、日本経済新聞。タイトルは「世界でもまれて競争力磨く志を再び」である。
「とりわけ急がれるのは、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を中心とする貿易の自由化である。日本は貿易立国のはずだが、GDPに占める輸出の割合は10%台と、30%台のドイツ、40%台の韓国と比べ今やかなり低い。貿易に自由化を遅らせれば、韓国勢などに押されるだけでなく、日本企業は生産拠点を貿易自由化の進んだ国へさらに移すだろう。
TPP参加のためにも農業の改革は欠かせない。生産効率を高め競争力を強める方向で、農政は大きくかじを切らなければならない」
次に朝日新聞。タイトルは「今年こそ改革を-与野党の妥協しかない」。
「危機から脱出するにはどうするか。迷走する政治に、あれもこれも望めまい。税制と社会保障の一体改革、それに自由貿易を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加。この二つを進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている。(中略)
自由貿易の強化は、貿易立国で生きる日本にとって要である。中国をはじめ、アジアの国々が豊かさへ向け突き進んでいる。近くにお得意さんが急増するのだからチャンスではないか。貿易の壁を取り払い、アジアの活力を吸収しない手はない。それが若者に活躍の場も提供する。
TPPへの参加検討を菅直人首相は打ち出したが、「農業をつぶす」と反対されフラついている。だが手厚い保護のもと農業は衰退した。守るだけでは守れない。農政を転換し、輸出もできる強い農業をめざすべきだ」
読売新聞の元旦社説のタイトルは「世界の荒波にひるまぬニッポンを 大胆な開国で農業改革を急ごう」というもので、「農業改革」の活字が躍った。
「TPPの狙いは、参加国の間で原則として関税を撤廃し、貿易や投資の自由化を進め、互いに経済的利益を享受することにある。日本が交渉に乗り遅れれば、自由貿易市場の枠組みから締め出されてしまう。後追いでは、先行諸国に比べ不利な条件をのまざるを得なくなる。だからこそ早期の交渉参加が必要なのだ。
菅首相は、いったんは交渉参加の意向を明らかにしたが、民主党内の反対論に押されて腰が引けてしまった。関税が撤廃されると海外の安い農産品が流入し、日本の農業が壊滅するという農水省や農業団体、農業関係議員らの圧力からだ。これでは困る。
自由化反対の象徴的農産物がコメである。コメは778%の高関税、減反政策などの手厚い保護政策で守られてきた。しかし、コメの国内需要は減り続けている。一方で稲作農家の高齢化、先細りは進み、国際競争力をつけるための大規模化は遅れている。高い関税と補助金に依存してきた日本の農業が、その足腰を鍛えるには、思い切った開国と改革が欠かせない。
日本の農業総産出額は8兆円余り。その中でもコメは1.8兆円で、国内総生産(GDP)の0.4%に過ぎない。食糧安全保障の観点から、主要農産物の自給を確保することは重要だが、農業が開国を妨げ、日本経済の足を引っ張るようでは本末転倒になる」
3紙とも、TPPについては、ほぼ同じトーンで推進論を展開している。推進論の根拠は、①貿易立国である日本は、自由化競争で韓国などライバルに後れをとれば競争に勝てない、②自由化に反対する農業界が「平成の開国」を妨げることは許されない、③守るだけの農政を転換し、生産効率を高め競争力の強い日本農業を構築すべきだ、というあたりだろうか。
農業就業人口は約260万人で、全就業者の約4%に過ぎない。農業と関連の少ない産業に就いている勤労者がほとんどで、日ごろ農業に関心のない大方の国民は、一般紙の論調に大きな違和感を抱かないことであろう。「農業は過保護だから競争力がないのだ」「農業団体が反対するから貿易自由化が進まず、日本の産業界は輸出で苦戦している」「大規模化すれば日本農業だって競争力はつく」といった認識が一般に広く流布されているのではないか。また、こうした認識の下で、一般紙の社説は展開されているのではないか。
しかし、農業に対する一般の認識には誤解が混じっている。農業界が農産物の自由化に反対するのは、関税が撤廃されたり引き下げられたりすることで、安い海外産農産物との価格競争に勝てないからである。価格下落は現状では所得の目減りに直結するから、反対するのは当然である。では、大規模化や生産効率アップで対応できるのだろうか。そうした努力は常に必要だが、農地面積など日本の国土の自然条件の制約があり、米国やオーストラリアの超大規模経営との競争には限界がある。大規模化や効率化だけで市場開放に対応できない。
所得を補填する「ゲタ」をはかせなければ、日本農業は米豪らの農業大国と対等に競争できないのは自明である。欧米諸国は、そうした「ゲタ」をはかせる農業保護策を採用しているから、市場を開放しても国内農業が維持されているのだ。そのことへの理解が、わが国のマスコミにはないから、根拠のない「過保護論」が流布されることになる。日本の場合、「過保護」が問題なのではなく、保護の仕方に問題があるのではないか。
たとえば、国内の農産物価格を維持するために高い関税をかけるなどの国内農業保護策はやめて市場を開放する代わり、価格下落によって減った農業生産者の所得を政府が補填してあげるようにすれば、国内の農業者の不安を和らげることができる。その補填策を「直接支払制度」と呼ぶ。市場開放と国内農業維持は両立できるのである。現実に欧米諸国がやっているのだから、日本にもできないはずがない。わが国の有力一般紙の社説に、直接支払制度への言及がないのが、もどかしい。
なお、農協の機関紙である「日本農業新聞」は、元旦の社説ではTPP問題を正面から取り上げなかったが、2、3面見開きで「TPPに危機感 参加なら大打撃」という特集を組み、TPP断固反対の解説記事を載せている。だが、「たいへんだ、壊滅してしまう」と、危機感をあおるだけで、対案を示そうとはせず、断固反対の玉砕戦法に出ているように見えるところが気にかかる。(2011年1月7日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。