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2010年5月19日
後手に回って口蹄疫の被害拡大
ジャーナリスト 村田 泰夫
宮崎県で発生した家畜の伝染病である「口蹄疫」の被害拡大がとまらない。宮崎県中部の児湯(こゆ)郡川南町と都農(つの)町に集中して発生しているが、発生から1カ月余りもたっているのに、終息するどころか拡大しつつある。畜産大国・宮崎県内の畜産農家はパニック状態に陥っていると聞く。激励の言葉も見つからないが、日本の畜産を支えてきた宮崎の畜産農家のみなさんが、この危機を乗り切るよう祈っている。
筆者は動物防疫の専門家ではないので、いますぐ有効な対策を示すことはできない。しかし、ウイルス封じ込めのため、ウシやブタの移動を禁止した地域の外でも新たな感染が見つかっていることから、これまでの対策に「ぬかり」があることを示している。早急に被害の拡大を防ぐことに、国や県は全力を尽くしてほしい。
口蹄疫という家畜の伝染病は、ウシやブタ、ヒツジなど蹄のある動物に感染するウイルスによる病気である。高熱になり、口などに水ぶくれができ、元気がなくなって大量のよだれをたらすようになる。人間に感染しないし、家畜の死亡率が高いわけではないが、伝播性が極めて高く、畜肉の生産に多大な影響を与える。蔓延を防ぐため、わが国はもちろん世界中の国々で、万が一発生した場合には、その農場で飼育されている家畜のすべてを殺処分することが義務づけられている。
今回の感染牛が最初に見つかったのは都農町だが、現在では隣の川南町での被害が大きい。その川南町は、いまや「生き地獄」の様相を見せている。役場の駐車場には自衛隊や全国から応援に駆けつけた獣医師、それに県や町の職員らが全身白装束の防護服を身にまとって集合し、それぞれ町内の畜産農家のところに行き、消毒や殺処分の作業に追われる。その光景を毎日見せられている町民は、胸が引き裂かれる思いだという。
今回、宮崎県で見つかった口蹄疫ウイルスのDNAは、韓国で蔓延している口蹄疫のDNAとほぼ同じだという。しかも、3月下旬に宮崎県内で口蹄疫と疑われる症状が発見されていたという情報も明らかになっている。情報を入手していた県は、もっと早くから対応策を取るべきだった。後手に回ってしまったため、感染力の強いウイルスの蔓延をとめることができないでいるのではないか。
当初、県に気持ちの「ゆるみ」があったのではないかとの指摘もある。というのは、口蹄疫は10年前の2000(平成12)年の3月から4月にかけて、宮崎県内の3戸の畜産農家で見つかったことがある。わが国での口蹄疫の発生は1908年以来、実に92年ぶりだった。幸い10年前は、740頭の殺処分でウイルスを封じ込めることに成功、同じ2000年の9月には「清浄国」に復帰した。今回も、県当局は小さな範囲で終息するものとみて、対策が後手になったのではないかという指摘である。
口蹄疫のウイルスは、生きた家畜の中で、ものすごい勢いで増殖するといわれる。農水省は今回、発生地域の半径10km以内のすべてのウシとブタにワクチンを接種したうえ、全頭を殺処分することに決めた。すでにこの地域では12万頭を殺処分しているから、殺処分の頭数は合わせて25万頭になる。今後も増える恐れがある。
ところが、この殺処分は並たいていの作業ではないのだ。ウシは大きい。いっぺんに大量のウシを埋める場所が不足している。やむなく、いずれ処分することがわかっていても、農家は一定期間、飼育を続けることになる。この飼育期間にウイルスが高濃度で増殖するのだ。この殺処分が遅れていることが、蔓延に拍車をかけているとみる専門家もいる。
起きてしまったことは、やむを得ない。ウイルスを封じ込める対策が成果を見せ、一刻も早く終息の兆しが見えることを祈るばかりである。(2010年5月19日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。