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ぐるり農政【32】

2010年2月17日

戸別所得補償は作らせる「生産調整」

     明治大学客員教授 村田 泰夫


 「作らせないことを支援する農政から、作ることを支援する農政への転換」。民主党政権の戸別所得補償制度について、赤松広隆農水相らは「作らせる農業」を盛んに強調する。その一方で、主食用米の作付けを制限する「生産数量目標」を、農家に求める。生産数量目標とは、要するに生産調整である。


 すると、民主党主導の農政転換は「作らせる生産調整」を求めていることになる。この言葉は言語矛盾である。「生産調整」とは、農村では減反と呼ばれるように、作付面積を減らすこと、つまり「作らせない」ことを意味する。なのに「作らせる」とは、どういうことなのか。今回の農政転換の表現として、この「作らせる生産調整」といういい方は、実はいい得て妙なのである。

 2010(平成22)年度に、モデル的に実施される戸別所得補償制度は、10aにつき1万5千円の交付金が支払われる「米戸別所得補償モデル事業」と、麦・大豆や米粉用米などの生産に助成金が支払われる「水田利活用自給力向上事業」の二本立てからなっている。1万5千円の交付金は、生産数量目標に沿って生産する農家、すなわち生産調整に協力する農家に支払われ、水田に主食用米以外の作物を作付けた場合に支払われる助成金は、前年までの「産地確立交付金」であり、いわゆる転作助成金のことである。

 民主党政権の農政転換は、形の上では「生産調整が継続される」うえ「転作助成金が支払われる」点では、これまでの政権の「米政策」と変わらないことになる。だが、似ているようでいて、実は大違いなのである。


 これまでの「生産調整」は、主食用米を「作らせない」ことに主眼があった。ところが、新政権の農政改革では、生産数量目標を定めて、そこまで主食用米を「作らせる」建前をとっている。目標数量を超える生産を奨励しないことでは、これまでの生産調整と同じだ。しかし、一定数量以上はペナルティーを課してまで主食用米を「作らせない」これまでの政策と、一定数量までは10a=1万5千円のメリット措置を講じてでも「作らせる」政策との違いは、わずかなようでいて明らかなのである。


 また、「転作作物」という言葉も、基本的には使わなくなった。これまでの生産調整重視農政では、麦や大豆は、主食用米に代わる「転作作物」との位置づけだったが、新政権の農政転換では、「戦略作物」と位置づけられるようになった。戦略作物とは、麦、大豆、飼料作物、米粉用米、飼料用米、バイオ燃料用米、ホールクロップサイレージ(WCS=稲発酵粗飼料)用稲、そば、なたね、加工用米をさす。主食用米の代わりに作付ける、代替作物という位置付けではなく、自給率を向上させるために、むしろ積極的に生産量を増やす戦略作物として「増産政策」を打ち出した点で、これまでの政策と大きく異なる。転作ではなく「本作」化といってもいいかもしれない。


 これまで、生産調整に参加しない農家には、麦・大豆を作付けても助成金は支払われず、麦・大豆の増産そのものに主眼が置かれていなかった。農政転換後は、生産調整に参加しない農家にも、戦略作物を作付けさえすれば、助成金を支払うことに変えた。「作る」ことにこだわる、新政権の農政転換の姿勢が反映されている。


 戸別所得補償モデル事業の骨子が固まった2009年12月、赤松農水相は「農業の立て直しと食と地域の再生に向けて」と題する談話の中で、こう語っている。

 「過去40年間にわたって農村を疲弊させ、閉塞感を与えてきた生産調整政策について、大転換がはかられます。これまでの米の生産調整は、生産調整達成者のみに麦・大豆等の助成金を交付する、いわば、麦・大豆等の生産規制をおこなうという手法で進められてきました。一方で、それだけでは十分な効果が得られないために、生産調整に参加しない方に対して、さまざまな形で差別的な扱い、ペナルティー的な扱いがおこなわれてきました。今後は、米の需給調整は米のメリット措置により実効を期し、麦・大豆等の生産は規制から解放されることになります。40年ぶりの農政の大転換がおこなわれるわけです」

 要するに、「作らせないことを支援する農業から、作ることを支援する農業への大転換」なのである。(2010年2月16 日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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