MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2009年12月21日
揺れる戸別所得補償事業の評価
明治大学客員教授 村田 泰夫
民主党政権の農政の目玉である「戸別所得補償制度」は、財務省からの予算削減要求をはねのけ、農林水産省の要求通り実施されることになった。米を対象とした来年度のモデル事業は、総額5,618億円にのぼる。そのうち、生産コストと販売価格との差額を支給する「米戸別所得補償モデル事業」が3,371億円、これまでの転作助成金に相当する「水田利活用自給力向上事業」が2,167億円である。
この戸別所得補償制度について、自民党は「政策目的がはっきりせず、現場の農家は混乱している」(宮腰光寛・農林部会長)と強く反対している。ところが、農協は微妙だ。これまで自民党政権下で、二人三脚で肩を組みながら農政を進めてきた全国農協中央会(全中)は、民主党政権の戸別所得補償制度について当初、批判色を強めていたが、ここにきて肯定的に受け止める見解も示し始めた。
改めて、戸別所得補償制度の仕組みをおさらいしてみると──。来年度、米を対象に先行実施するモデル事業は、「全国一律」を原則としている。過去数年間の全国平均の販売価格から全国平均の生産コストを差し引き、赤字分を「定額」として販売農家に支給する。仮に来年度の販売価格がものすごく下がった場合には、その「差額」部分も上乗せして支払う。全国平均よりコストのかからない大規模経営や、全国平均より高く売れる銘柄米を作っている地域の農家にも、定額部分は一律に支給する。逆に、全国平均よりコストのかかる地域や、高く売れない米を作っている地域では、十分な補填を受けられない。
この「全国一律」というのが、来年度のモデル事業の特徴だ。地域の特性に応じたきめ細かな制度設計が時間的に間に合わなかったということもあるが、もともと「仕組みはシンプルな方がいい」(山田正彦・農水副大臣)という民主党の考え方によるものだ。自民党は、地域や経営規模によって大きな不公平が出るとして反対しているのだが、与党を批判しないと独自色を出せないという事情の絡む「党利党略」的な反対でもある。
農家のふところにかかわる農政の大転換だけに、自民党に付き合って「何でも反対」というわけにはいかないのが農協の立場である。農協も自民党と同じスタンスで一応「全国一律」を批判しているのだが、「それは来年度限りのモデル事業であり、問題点があれば再来年からの本格実施の際に手直しする」と政府にいわれてしまうと、「ごもっとも」と引き下がらざるを得ないのである。
全中の「政策提案」によると、モデル事業に対し「米の計画生産参加者への追加メリット対策と位置付ける」と一定の評価をしたうえ、さらに「全国統一単価による交付に加えて、地域・銘柄ごとに、どうしても生じかねない価格変動・収入下落に対して、担い手の所得が万全に確保される対策を別途措置すべきである」といっている。
少しくだいていうと、
1.全販売農家を対象とした全国一律の定額交付金は、いわば稲作農家支援の「一階」部分であり、米価の下落傾向に対処した「岩盤対策」として高く評価できる
2.しかし、「一階」部分だけでは担い手農家の経営は不安定なまま。価格変動に対応できるように、生産者から一部拠出金を得てもいいから、対象を担い手農家に絞った経営安定のための「二階」部分を設けるべきだ、 というのが全中の考え方なのである。
これは、民主党の現政権が考えていることと実はそっくりである。モデル事業では、全国統一の定額を交付することにとどめるが、再来年から取り組む本格実施では、地域の特殊事情、経営規模、品質、環境農法の採用など、政策さまざまな要因に配慮した「加算」措置を導入することにしている。農協は「来年度から実施せよ」と主張しているが、政府は制度設計に1年かかるとして「再来年から実施」といっているだけの違いである。 (2009年12月21日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。