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2009年10月20日
農業ブームの陰に政府広報
明治大学客員教授 村田 泰夫
このところ、農業を特集した経済雑誌が目立つ。「週刊東洋経済」の10月17日号は「ニッポンの食と農業」という特集を組んでいる。「週刊ダイヤモンド」は2月28日号の「農業がニッポンを救う」に引き続き、8月1日号で「成功する農業入門」を特集している。農業特集を組むと雑誌の売れ行きがよくなるのだろうか。読者が求める記事を載せるのが雑誌を発行する出版社の常識だから、きっとそうに違いない。私はそう思っていた。
ところが、知人からこんな話を聞いた。農林水産省の「FOOD ACTION NIPPON」キャンペーンを請け負った大手広告代理店が一枚かんでいるというのだ。農水省のキャンペーンは食料自給率の向上にもっと関心を持ってもらおうという国民運動で、それ自体悪いことではない。女優の黒木メイサさんやプロゴルファーの石川遼さんのテレビCMを見た人もいることだろう。多額の予算を投じている。雑誌の特集記事のすべてが広告の一環だというわけではないが、特集の陰に広告代理店の働きかけがあるのだろう。
昨今の「農業ブーム」がすべて作られたブームだとはいうわけではない。リーマン・ショック後の日本経済は、製造業を中心にリストラのあらしが吹き荒れ解雇になる労働者が少なくない。製造業に代わる有望な就業先として、農業が見直されているのは事実である。農業法人に就職する若者も増えたし、地方の中小土建業者の中には、先細りの公共事業に代わる新規事業として農業分野に進出する動きも出ている。これらの新しい動きは農水省のキャンペーンや宣伝に乗せられたわけではなく、彼らがみずから判断して農業を選択したのである。その意味で「農業ブーム」はうそではない。
しかし、農業特集のタイトルに「楽しみながら儲ける!」とか「こんなにおもしろいビジネスはない」などという活字が躍ると、ちょっと心配してしまう。農業はそんなに楽に儲けられる仕事ではないからだ。「割の合わない仕事」だと現役の農家は考えている。楽に儲けられないから農家に後継者が育たない。それが現実なのである。
作った収穫物を農協に出荷しているだけでは、農業は妙味ある仕事にはならない。一方で農業は創意工夫が生きる仕事でもある。栽培の仕方はもちろん、販売先の開拓、加工部門への進出次第では儲けることが可能で、実際にモデルとなる事例もある。
あるいは、儲けるというほどの利益を出せなくても、自活できればいいという考えで農業をやっている人たちもいる。自然の中で納得のいく作物を育てそれを口にできる魅力は、他の仕事では体験できない。儲けを最初から期待しないホビー農業もある。ストレスで心身ともすり減らしながら暮らす都会を捨てて田舎暮らしにあこがれる人たちがいるが、私には理解できる。
さまざまなスタイルの農業があっていいと思う。農村は絵にかいたような大規模農家だけで成り立つわけではない。兼業農家や高齢農家、ホビー農家まで含め多様な農家がいて集落を形成しているのである。農業所得だけで他の産業並みの高所得を得ることは可能ではあるけれど、だれもができると錯覚させるような雑誌の農業特集は罪づくりである。
農業はリスクが多く金儲けなんて簡単にはできない。けれども、人生をかけるに値する素晴らしい仕事である。そんな真実を発信してもらいたいものである。(2009年10月19日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。