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ぐるり農政 【21】

2009年3月23日

「限界集落」は長寿の集落だった

     明治大学客員教授 村田 泰夫


 公民館のかもいに掛けられた写真に「星尾青年合唱団」とあった。16人の男たちが整列している。お揃いの真っ白なワイシャツに赤い蝶ネクタイ。かっこいい。よく見ると、白髪が目立つ。みんな還暦を過ぎたお年寄りのようだが、なぜ「青年合唱団」なのか。その解答はのちほど明らかにするとして、まず、この村のことから。


 南牧(なんもく)村は群馬県の西部、長野県と県境を接する山あいの村である。人口2800人弱の南牧村は「日本一の高齢化率」の村として知られている。その南牧村でも、とくに険しい谷あいにある星尾(ほしお)地区で実施された地域点検ワークショップに参加するため、3月中旬に訪れた。


 「地域点検ワークショップ」というと、いかめしく、何をするのかわかりにくいが、要するに地域の「いいもの探し」のイベントである。地元の人にとっては毎日見る日常の風景であっても、よそ者にとっては新鮮で「お宝」に見える風景や文化財もある。地元の人とよそ者とが、一緒に集落内を1時間余りぶらぶら見て歩き、話題にのぼったところをデジカメ写真にとる。

地元住民と「よそ者」とで「いいものさがし」のウォーキング  わいわいがやがや、「お宝」写真を並べて意見交換
右 :地元住民と「よそ者」とで「いいものさがし」のウォーキング / 右 :わいわいがやがや、「お宝」写真を並べて意見交換


 集会所に戻ってきて、それをプリントして大きな地図上に貼り付け、コメントを書き込む。それだけの作業だが、一連の作業を通じて、これまで見過ごしてきた地域のお宝に地元の人たちが気づいたり、改善すべきことについて、参加者の共通認識を深めたりするのが狙いである。

出来上がったマップをもとに、地域おこしの構想発表

 このワークショップは、農水省・農村工学研究所と、産官学のボランティア組織「中山間地域フォーラム」の音頭取りで実施された。農村工学研究所の集落機能研究室には、ワークショップのプロがいる。彼らの進行ぶりはすばらしく、参加した17人の住民はいい意味で「乗せられ」て、活発な意見が交わされ、笑いの絶えない和気あいあいの楽しいイベントになった。参加した南牧村役場の担当者や群馬県庁の農業担当部局の職員にも、大いに参考になったことだろう。
右 :出来上がったマップをもとに、地域おこしの構想発表


 星尾地区の高齢化率は、70%を超える。当然、暗いイメージが付きまとうが、実際の星尾地区は違う。冒頭に書いたように、自称「青年」たちが楽しく暮らしている。

 お年寄りばかりの合唱団の名称がなぜ「青年」なのか。大昔に結成されて、いまも名称だけ引きずっているのかと思ったら、そうではない。星尾地区の区長の石井偉夫さん(71)に聞くと、集落の男性20人余りに呼びかけて、5年前に結成されたばかりの合唱団で、結成当時すでに平均年齢は72歳だったという。

「星尾青年合唱団」の平均年齢は77歳だが、現役の青年である


 集落の男たちで合唱団をつくる際、その名称が「敬老」とか「いきいき」とか、お年寄りを連想させるような名前では元気が出ない。この村では、われわれはまだ青年-というわけで、平均72歳の集落の男たちで結成した合唱団に「青年合唱団」の名称を付けたというのだ。
左 :「星尾青年合唱団」の平均年齢は77歳だが、現役の青年である


 高齢化率が高く、お祭りなどの共同活動ができなくなった集落を「限界集落」と呼ぶ。この星尾地区も、数字上は「限界集落」に分類されるかもしれない。一日中、ご一緒してみて、地域のお年寄りたちの身体と気持ちは実際の年齢より10歳は若く、高齢集落ではなく、生涯現役で働ける長寿集落であると感じ入った。(2009年03月19日)

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むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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