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ぐるり農政 【17】

2008年11月13日

ラムサール「水田保全決議」のインパクト

     明治大学客員教授 村田 泰夫


  「水田保全決議」をご存知だろうか。韓国南部のウオンチャン(昌原)市で開かれていた第10回ラムサール条約締約国会議の最終日、11月4日に採決された決議である。

水田保全決議を採択した第10回ラムサール条約締結国会議(韓国・昌原市で)


 水田はイネを植えお米をつくる生産の場であるが、同時に豊かな自然生態系を育む人工湿地である。その二次的自然をつくりだす水田の価値を再評価し、保全のために各国が情報交換することを決議は求めている。日本と韓国の両国政府の共同提案だが、決議は湿地保全運動を繰り広げている日韓のNGO(非政府組織)が、それぞれの政府に働きかけて実現した。
写真 右:水田保全決議を採択した第10回ラムサール条約締結国会議(韓国・昌原市で)


 ラムサール条約会議での水田保全決議の意義は大きい。農業は自然を破壊している側面と、自然を保全している側面がある。水田という農地開発は、自然の湿地を「壊して」造成したのかもしれない。しかし、とくにアジアモンスーン地帯では、3千年以上も前から、人々の生活の糧である食料を生産する場として水田を維持してきた。その結果、メダカ、赤とんぼなどの小動物、デンジソウなどの水生植物といった独自の自然を作り出してきた。


 里山もそうだが、人間の手が加えられて初めて維持される「二次的自然」というものがある。手付かずの「一時的自然」の保全も大切だが、その自然維持機能としては手付かずの自然に劣らない「人工湿地」としての水田の価値を認めた点で、今回の水田保全決議の意義がある。

 3年前に開かれた前回の締約国会議で、宮城県大崎市田尻にある「蕪栗(かぶくり)沼とその周辺に広がる水田」が、ラムサール条約の登録湿地となった。農業生産の場でもある水田が登録湿地として認定されたのは、世界で初めてのことである。

水田の自然維持機能を訴えたドキュメント映画「田んぼ」の試写に見入る人々(ラムサール会議場の日本の農業環境団体ブース前で)


 蕪栗沼の周辺の水田には、冬に多数のマガンやヒシクイがシベリアから飛来することから、10年ほど前から、地元のNPO「田んぼ」は農家の協力を得て、稲刈りのすんだ後の10月から翌年2月ごろまで、水田に水を張る「ふゆみずたんぼ」の取り組みを始めている。田に水を張って人工湿地をつくりだすことで、カエルやドジョウなどの生きものの生息の場(ハビタット)を提供すると同時に、そうした小動物を餌とする渡り鳥が生息しやすい場をつくっているのでもある。
写真 左:水田の自然維持機能を訴えたドキュメント映画「田んぼ」の試写に見入る人々(ラムサール会議場の日本の農業環境団体ブース前で)


 ドジョウなどの生きものやマガンなどの野鳥のすめる水田は、農家にとってもメリットがある。小動物がすめる水田にはミジンコやイトミミズ、さらには様々な有用菌がすみついている。そうした生きものが、水田の土壌をやわらかくしたり雑草を生えにくくしたりしている。農薬や化学肥料に頼らなくても立派なイネを育てられる自然の循環が、できているからである。


 しかし、とくにアジアで広がる水田の価値について、欧米の人たちは理解しにくい。基本的に畑で農産物を生産している欧米では、畑地開発は自然の改廃であり、二次的自然に思いを至らせることは難しい。自然環境との関係で、農業は負の側面しか目につかないのである。

 そこで、「田んぼの生きもの調査」に取り組んでいる「生物多様性農業支援センター」では、水田の価値を改めて見直して水田保全決議の意義を西欧の人々にも理解してもらおうと、ラムサール条約会議の開かれた韓国・昌原市の国際会議場で、様々なイベントを展開した。会場内にブースを借りて、水田の二次的自然造成機能について展示したほか、人工湿地として様々な生きものを育む田んぼのすばらしさを表現したドキュメント映画「田んぼ」を上映した。


 決議に法的拘束力はないが、自然と人間とが共生し、持続可能な農業を実現している水田を世界の人々が見直すきっかけとなっただけでも、決議のインパクトは大きい。(08年11月12日)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

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