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2008年10月15日
「食の安全」と農水省の組織再編
明治大学客員教授 村田 泰夫
汚染米への対応のまずさから、農林水産省の食の安全担当部署を、新設する予定の消費者庁に移管すべきではないか、という議論が出ている。
「農業生産振興を担当する農水省では、どうしても生産者寄りの行政になってしまう」という農水省への不信感がその背景にある。でも「生産振興は農水省、消費者保護は消費者庁」というふうに、単純に分離していいのだろうか。慎重に考える必要がある。
農水省の組織再編は、麻生内閣で農水相に就任したばかりの石波茂氏が9月25日、検討を表明した。農薬などで汚染された事故米が食用に不正転売された事件の責任の一端が農水省にあることから、「輸入、販売、検査をする者がひとつの役所でいいのか」「食の安全(を担当する)部分は消費者庁に全部渡すことでもいい」と述べたといわれる。
消費者庁構想は、福田康夫内閣が進める国民目線による公約のひとつで、消費者行政を統一的、一元的に推進するための強い権限を持つ新組織である。政権を投げ出す寸前の8月に実施した改造で、福田首相がみずから掲げた「安心実現内閣」の目玉的な政策になっていた。福田内閣のあとをうけた麻生内閣は、9月末に開かれた臨時国会に「消費者庁設置法案」を提出している。
農水省の所管するJAS法、厚生労働省の所管する食品衛生法、経済産業省の所管する家庭用品品質表示法などを、新しい消費者庁がほぼ一元的に担当する。消費者にとって便利でわかりやすく、これまで以上の迅速な対応が期待できる。
生活協同組合など消費者団体の中からも、消費者行政の一元化を求める声が強い。
事故米が食用に転売されている情報が寄せられていながら、立ち入り検査で十分な証拠をつかめなかった農水省。欠陥ガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒事件で、消費者への注意喚起を十分してこなかった経産省。いずれも、産業振興を目的とする省庁が実施する調査には限界のあることを示している、と消費者団体は指摘する。業者に手心を加えたり接待を受けたりしないためにも、消費者の安全にかかわる問題を一元的に担当する官庁を創設すべし、というわけだ。
消費者行政の強化に異存はない。しかし、農業生産や産業振興をもっぱら担当する役所の存在は、いかにも不自然である。
いわゆる狂牛病(BSE)発生のリスクが高いとの指摘を受けながら、防止策をとらずに放置した農水省の畜産行政は、消費者目線を欠いていたがゆえに、わが国の畜産業界に大きな被害をもたらせてしまった。畜産だけではない。稲作でも野菜生産でも、消費者目線を欠いた農政は、農業生産の振興に害を与えるだけで益にならない。
そうした反省から、BSE事件を契機に農水省は「消費・安全局」を新設したのである。消費者の立場を
考えたり食品の安全を担当したりする部署のない「農林水産省」は、どんな役所になってしまうのだろうか。今の時代に、イメージできない。
海外を見てみよう。米国こそ「農務省」だが、ヨーロッパではドイツが「消費者保護・食料農業省」、イギリスが「環境・食料・農村地域省」、フランスが「農業・食料・漁業・農村省」、オランダが「農業・自然・食料品質省」である。農業と食料、環境は切っても切れないほど密接に関係しているのである。
農業生産の使命は、1)国民に安心してもらえる食料を安定的に供給することと、2)自然環境の維持・向上と両立する営農方法を採用することで、果たすことができる。そうした確固たる信念が、諸外国の農政担当官庁のネーミングに表れているように思える。 (08年10月11日)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。