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2008年9月 2日
WTO決裂を機に戦略転換を
明治大学客員教授 村田 泰夫
世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉、いわゆるドーハ・ラウンドの決裂で、農協など農業団体はホッとしているそうだ。しかし、よーく考えてみると、ドーハ・ラウンドの農業交渉に臨むに当たって、日本はかつてのウルグアイ・ラウンド(UR)交渉と同じ過ちを犯しているようでならない。
この決裂を機会に、国内農業保護の戦略を根本から練り直したらどうだろうか。
農業団体は「悪い合意なら日本は交渉の席を蹴って帰ってくるべきだ」と勇ましいことをいっていた。今回の決裂は、日本が席を立ったからではなく、これまでWTO交渉をリードしてきた欧米に対し、インドや中国など新興経済国が反旗を翻したからである。農産物などの輸入が急増した際に一時的に輸入を制限できる、特別セーフガード(緊急輸入制限措置)の発動に、厳しい制約を課すべきではないとするインド、中国の主張に、米国が譲らず決裂したのである。
農業団体が強く反発していた「悪い合意」とは、特別に高い関税をかけて輸入を制限している農産物の品目数を大幅に減らすことを約束する「合意」のことである。高い関税を課すことが許される「重要品目」の数について、日本は「全1332品目のうち10%」を認めるよう求めていた。これが認められれば、現在関税率が200%を超える101品目の全部を、ほぼ現状のまま守ることができる。
ところが、交渉では「4%プラス代償措置付き2%」案を押し付けられ、孤立した日本はやむなく受け入れざるを得なくなっていた。
日本は現在、コンニャク1706%、コメ778%、落花生737%、バター360%、砂糖305%、小麦252%といった具合に高い関税をかけて、「水際」で国内市場を守ってきた。4%ないし6%(4%プラス2%)だと、200%を超える高関税品目のうち、ざっと半分の品目については関税を大幅に下げざるを得なくなる。
関税でしか国内農業を守れないのなら、農業団体の言い分もわかる。だが、国内農業保護にはさまざまな方法がある。
米の関税化をめぐるUR農業交渉で、日本は、「一粒たりとも入れない」という農業団体の強い圧力もあって、コメについては自由化(関税化)の例外とすることを貫き通した。その意味で、農業団体の主張は通ったのである。
その代り、代償措置として、日本はコメの国内消費量の一定割合を、低関税で輸入する義務を負った。これが、ミニマムアクセス(MA)米である。MA米の輸入量は、初年度が国内消費量の4%、年々増やしていって5年後には8%とすることになっていた。代償措置とは、いわばペナルティーである。
「関税化絶対反対」という旗を降ろすわけにはいかず、関税化に応じない硬直的な交渉態度が、大量のMA米の輸入義務付けという失態を招いてしまった。そのばかばかしさを知った農水省は、8%枠を義務付けられる1年前の1999年、みずから関税化を宣言し、MA米のそれ以上の上積みを回避した。それなら最初から関税化を受け入れていれば、今日のような年間77万トンものMA米を輸入しないですんだ。当然、食料自給率も上がっていたはずである。
今回のドーハ・ラウンド交渉でも、重要品目を増やすために代償措置として、日本はミニマムアクセスによる輸入義務付けを受け入れるつもりだ。すると、UR交渉の失敗を再現することにならないか。ミニマムアクセスの弊害にもっと目を向ける必要がある。
欧米諸国も国内農業の保護のために、さまざまな対策を講じている。かつては関税で守っていたが、いまは関税の代わりに政府による直接支払いで、国内の農業者を守っている。
わが国も、超高関税で守るのではなく、財政で補てんする直接支払いへ、戦略を練り直す時ではないか。それが、市場開放と国内農業の保護を両立させるグローバル時代の農政である。(2008.9.1)
※文中の画像(落花生)は、EyesPic様よりお借りしました。
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。