農業のポータルサイト みんなの農業広場

MENU

ぐるり農政 【12】

2008年7月 2日

食料の輸出規制は強要できるのか

     明治大学客員教授 村田 泰夫

 
 7月に北海道で開かれる先進国首脳会議(G8)、いわゆる「洞爺湖サミット」で、「食料輸出規制」問題が取り上げられる。小麦、米などの穀物が大幅に値上がりしているのは、食料輸出国が穀物の輸出を禁止したり輸出税をかけたりしているためであり、そうした輸出規制措置を撤廃すべきだというのが、食料輸入国である日本の立場である。


 食料の輸出規制をしている国は、農林水産省の調べでは十数カ国にのぼる。ロシアや中国が小麦などを対象に輸出税をかけている。インドは米と小麦の輸出を禁止。アルゼンチンは小麦の輸出手続を停止し、牛肉の輸出に枠を設定。ベトナムは、既契約や政府契約を除く米の輸出を禁止している。


 食料価格の高騰には、さまざまな要因がからんでいる。

 まず、米国がトウモロコシを原料にしたバイオエタノールの生産を増強したことである。家畜の飼料として栽培されてきたトウモロコシが、ガソリンの代替燃料生産の原料として高値で取引されることになって、米国の農業者がトウモロコシの作付けを増やすため、大豆や小麦の作付けを減らした。さらに、オーストラリアでの2年連続の干ばつ被害が重なって、穀物の国際相場が高騰した。


 そこに「勝機」とみた投機資金が流入して、穀物価格は一気に吹き上がった。アジア、アフリカなど貧しい途上国では、可処分所得に占める食費の割合(エンゲル係数)が高く、食料価格の上昇はそのまま「飢える」につながりかねない。


 そうした穀物価格の高騰に拍車をかける役割を果たしたのが、穀物輸出国による輸出規制である。貿易に出回る穀物が減ると予測されれば、値上がりするのは当然の成り行きである。

 ベトナムが米の輸出を禁止したことが、フィリピンでの米不足の一因であるといわれる。マニラでは「米よこせ」デモが頻発し、政権の危機にも発展した。途上国での社会不安や飢餓を招かないためにも、輸出規制は好ましくない。サミットなどの場で、穀物輸出規制の撤廃を話し合うことは必要なことだ。「食料輸入大国」である日本が、今後も安定的に食料を確保するためにも、そうした問題提起をすることは当然でもある。


 でも、よくよく考えると、「輸出規制をやめろ」とは強要できないのではないかと思えてくる。

 そもそも、輸出規制は食料価格が高騰した結果であり、加速させたとはいえ、原因ではない。また、輸出規制をしている国は、ロシアや中国を除くと、途上国に多い。彼らが食料輸出を規制する理由は「国内での食料確保」であったり「国内での食料インフレの防止」であったりする。


 国際価格が高騰している状況で、放置しておくと食料が輸出に回され、国内で品薄となって価格が上昇すればインフレを招き、政情不安の一因になりかねない。だから、そうした国々で輸出規制に踏み切っているのである。米の輸出を禁止したインドは「国内での価格安定」を理由に挙げ、ベトナムは「病虫害による不作による米不足懸念」を理由に挙げている。

 穀物の量の確保に懸念が生じた際、自国民の食料確保を優先するのは当たり前である。自国民が飢えているのに、海外に輸出する「お人よし」の政府があるとは思えない。


 食料の輸出規制を安易に発動すべきでない、ことを輸出国に求めるのに異存はない。しかし、いざというときには自国民向けの食糧確保を優先するものであり、食料輸入国としては「いざという時こそ、食料は手に入らない」と覚悟しておいたほうがいい。


 その上で、国内で最低限の食料を確保できる手段を用意しておくことが肝要である。つまり、農作物をつくる生産手段である農地と、それを耕す担い手を、ふだんから確保しておくのである。この「国内供給力」の確保こそ、食料安全保障の要諦である。国民に食料を安定的に供給することは、国土の防衛とともに、国家に求められる必要最低限の責務である。 (2008・7・01)

むらた やすお

朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。

「2008年07月」に戻る

ソーシャルメディア