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2007年8月 2日
タブーのない農政論議のチャンスだ
明治大学客員教授 村田 泰夫
2007年夏の参院選で、自民党は「歴史的敗北」を喫した。消えた年金、政治と金の問題など、敗因はいろいろあるけれど、政府与党主導による農政改革への不満も一因といわれている。
全国に29ある1人区のうち、自民党が勝ったのは、たった6つ。あとは民主党や野党系の無所属候補らに負けている。農村地帯であることの多い1人区では、これまで自民党が圧倒的に強かった。
その1人区で、自民党が負けたのは、地方経済に格差の被害者との意識が強かったうえ、農政への不満が鬱積していたからだといわれる。栃木選挙区で落選した自民党の国井正幸・農水副大臣は「自民党農政を根本から見直してほしい」とさえいった。
今回の参院選で民主党は、農業問題を主要な「争点」に仕立てた。民主党のマニフェストにある「3つの約束」では、「年金」「子育て」とともに「農業」を取り上げ、「農業の元気で、地域を再生。戸別所得補償制度を創設」をうたっている。この「戸別所得補償制度」が、農家の心をとらえたといわれる。
政府与党の「品目横断的経営所得安定制度」は、一定の経営面積以上の大規模農家を対象に、海外との生産性格差相当分を補填する仕組み。これが政府から農家に直接支払われる「直接支払い」だ。
当面は麦、大豆、でんぷん原料用バレイショ、てん菜の畑作4品目に限られるが、対象品目を米などに広げれば、規模の大きな生産法人を育てるテコになる。逆にいえば、経営面積の小さな農家には交付金が支払われないので、やっていけなくなる。これが「零細農家切捨て」論につながるわけである。
民主党はそこを突いた。マニフェストによると、戸別所得補償制度は、
1) 全ての販売農家を対象、
2) 総額は1兆円程度、
3) 米、麦、大豆、雑穀,菜種、飼料作物など重要作物を対象、
4) 農地を集約する規模加算、環境保全の取組に応じた加算を講じる、
などとあるから、政府が今年度から実施する「直接支払い」の対象農家と対象作物を広げるものと理解してよさそうだ。
「戸別所得補償」だからといって、全ての農家の所得を補償するわけではあるまい。農産物ごとに一定の保証価格のような水準を決め、市場価格との差額相当分を作付面積に応じて交付金を支払う制度なのだろう。EU(欧州連合)諸国や米国が実施している所得直接支払いや環境直接支払いに近い制度である。
欧米諸国は、農産物の市場開放の見返りとして導入している。民主党が「WTOでの貿易自由化協議や自由貿易協定(FTA)締結の促進と両立させるため」といっているのは、わが国の農政手法も国際標準に合わせようというものだ。
直接支払い制度は世界標準の農政手法であり、これを「バラマキ」といってタブー視するのは解せない。市場開放と国内農業維持とを両立させる政策として、前向きな議論を期待したい。
(2007・08・01)
朝日新聞記者として経済政策や農業問題を担当後、論説委員、編集委員。定年退職後、農林漁業金融公庫理事、明治大学客員教授(農学部食料環境政策学科)を歴任。現在は「農」と「食」と「環境」問題に取り組むジャーナリスト。