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2007年10月31日
事故を防ぐには、遠因、近因、直因への対応を
マーケティング・プロデューサー 平岡豊
戦前の日本では、暮らしの中での「行動」について、きびしく「しつけ」ていたという。脱いだ着物はきちんとたたむ、などである。とりわけ厳しかったのが扉の出入りで、あけっぱなしのままだったり、きちんと閉まっていなかったりすると、大目玉をくらったという。
なるほどと納得したのは、元軍人の故老の話である。いざ戦闘開始となると、ちょっとしたミスが大きな被害につながってしまう。それを防ぐのは、日常の暮らしの中での「しつけ」だ、というのである。たとえば、潜水艦の乗員がハッチをきっちり閉めないままで急速潜航したとなると、大事故になってしまう。
とっさの対応をきちんとするためには、子供のころからの「扉のしつけ」と「確認」が大切になるのだ。たしかに、落下傘などはきちんと折りこんでいないと開かないだろうから、自分の着物もロクにたためないヤツにはやってもらいたくない。つまり、全員がきちんとした作業を遂行できる能力がある、といった相互信頼を持てることが大切だというのである。
●事故には、3つの原因がある
ところで、事故が起こるには、遠因、近因、直因といった「3つの原因」があるそうだ。
たとえば、農薬域外飛散の「ドリフト」だが、風のある日に作業をやり、うっかり風向き判断を間違えて隣の畑に、というのが、「直因」である。
一方、近ごろでは、ドリフト防止のためのノズルが開発され、成果も上げているという。粒剤などを使用するのもいいらしい。そうなると、ノズル変更や粒剤使用をしなかったことが、事故につながった面もあるわけで、これが「近因」となる。悪路でころんで足の骨を折った場合でいえば、ころんだことが骨折の「直因」で、ころばぬ先の杖を用意しなかったのが、「近因」なのである。
●遠因こそが、問題なのだ
そこで遠因だが、悪路での骨折でいえば、日ごろから足腰をきたえていなかった、ということも挙げられると思う。おまけに、体力劣化もわきまえずに悪路を選んだことも、遠因と言っていいかもしれない。
農作業での安全を確保するには、こういった遠因、近因、直因をふまえて、対応策を考える必要がある。現状では、作業現場での注意事項などを関係機関が「伝達」している程度だが、これは、事故の「直因」を防ぐ策にすぎない。
●手本は、腕のいい大工さん
これも聞いた話だが、腕のいい大工さんは、道具を見れば分かるという。まず、使っているものがいい。さらには、その日の作業を始める前に、きちんと手入れされた道具が必要分だけ揃っている。
ところが農業では、その日の作業が終わった後に、農機具を必ずしもきちんとは手入れしていないケースも見られる。
そこで、「農薬散布機は、きれいに洗いましょう」と、初歩的な呼びかけをやっているが、本来なら、腕のいい大工さんレベルの心構えを確立すべきではないか、といった気もするのである。しかしこれは、見方によっては「事故の直因」を防ぐ呼びかけに過ぎない。風のある日は作業をしない、というのと同程度のものなのだ。
◆
考えてみれば、農業全体での安全を確保し、信頼を得るには、子供のころからの「しつけ」と腕のいい大工を「育てる」といった、遠因と近因への目くばりこそが重要になる。もちろん、「子供のころから」は現実問題としては、農業高校や農業大学校などでの「トレーニング」となるだろうし、「腕のいい大工」は、普及指導センターが中心となって、若い農業者にきっちりとした安全作業研修を行い、「腕を磨かせる」ことだと思う。
しかし、ポジティブリストについての研修会などに同席して感じるのは、法的な解説や、作業現場での注意事項に重点が置かれていることだ。これはこれで大切だが、農政当局としては、遠因、近因、直因に目くばりした上で、人材育成やプロとしての技術研修にも策を出すべきだと思うのだ。
一方、近因レベルでの「安全への心構え」で言えば、生産部会でも日常的に実行できるわけで、あるJAのキャベツ部会での事例を紹介したい。
創立30周年を迎えた福岡県JA糸島の加布里キャベツ部会である。ここでは、次のような「歌」を日常的に思いおこし、全員でがんばっているという。
◎オレくらい、これくらいが命取り。
ちょっと待て、その一玉が産地をつぶす。
産地維持は、あなたの荷から。
◎きびしい検査、うらむより、
よい荷を作って、笑顔で出荷。
あなたの荷物が、加布里の顔。
部会長によると、この歌は、かなり以前に関東の先進地に視察に行った際に耳にして、ほぼ同じ内容で使わせてもらっているという。これをヒントに考えれば、ポジティブリストに対応した作業手順や作業上の注意などを歌にして、日常的に口にしてもらうのも一案と思うのだ。
◎頬にそよ風きつい日は、農薬散布はやめましょう。
◎作業が終われば散布機は、すみずみ3回、洗いましょう。
こういった歌を、危険な場面ごとに作って、口ずさんでもらうのである。
ただ、これはあくまでも現場レベルでの事故の「直因」を防ぐためのもので、遠因、近因への対応は、もっと大きな「策」が重要となるはずで、そこらあたりで普及指導の力量が問われるのではないだろうか。(了)
(月刊「日本の農業」2006年8月号(全国農業改良普及支援協会発行)から転載)
昭和11年生まれ、大分県出身。大阪外国語大学卒、九州大学博士(農学)。昭和36年(株)博報堂入社。農業分野の広報及びマーケティング企画、プロジェクト等を長年担当。平成8年定年退職。現在福岡県立大学非常勤講師(マスコミュニケーション論)。著書、農業関連紙・誌への連載多数。