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みどりの食べ歩き・出会い旅 【14】

2010年3月 9日

安納芋の聖地・種子島は日本のさつまいも発祥の地でもあった!

         榊田 みどり


 種子島といえば、鉄砲伝来の島、宇宙センターのある島。近年ではサーファーのメッカとしても知られる。さらにもうひとつ、最近、急速に知られるようになったのが、「安納芋発祥の地」という称号だ。


 不覚にも私は、昨年まで安納芋の人気に気づいていなかった。今年1月、種子島を訪れて初めて、人気急上昇のため生産が需要に追いつかないほどになり、今や本家の種子島だけでなく、鹿児島本土にまで栽培が広がっているという事実を知った。
 私が取材でお邪魔した農業法人でも、栽培を始め、今年は加工場も建設して、本格的な生産・販売に乗り出すと話していた。
「種子島にとって、100年か200年に一度あるかないかの、地域の宝だと思います」
と、社長のSさんは話していた。島外に栽培が広がったとはいえ、土壌のちがいなのか、やはり種子島産の持つ本来の安納芋の風味は、島外ではなかなか出ないのだという。


 生芋を見せてもらうと、こぶりで素朴なさつまいもにしか見えない。これが、じっくり時間をかけて加熱すると、芋が鮮やかな黄金色に変わり、皮からは、じんわりと芋の蜜が滲み出す。“蜜芋”と呼ばれるのは、このせいだ。
 実際、「これがさつまいも?」と驚くほど甘く濃密な味がする。水分が多いため、通常のさつまいものようなホクホク感もなく、どちらかというと、ペースト状のクリーミーな食感なのも不思議だ。焼いた後はそのまま冷やして、アイスクリーム感覚で食べてもおいしいのだそうだ。


 さつまいもという呼び名が定着しているように、さつまいも栽培は、薩摩藩から全国各地に広がったとされる。鹿児島県指宿市にある山川町には「さつまいも発祥の地」という記念碑も建っている。ところが、「種子島のほうが栽培が早い」とS社長は言う。島内の下石寺に「日本甘藷栽培初地之碑」も建てられている。

 島史によると、第十九代島主の種子島久基が、1698年、琉球王からさつまいもを手に入れ、家臣に栽培を命じたのが始まりという。薩摩藩より一足先に、種子島は種子島で、独自のさつまいも文化を築いていたわけだ。もっとも、薩摩藩も種子島も、どちらも琉球から伝播したのだから、日本発祥の地は、今となっては、沖縄といったほうが正しいのだろうが。


 安納芋も、種子島で長年栽培されてきた品種のひとつだ。ただし、耐病性が弱いなど栽培が難しく、収穫量も少ないため、生産量は減り続け、数年前までは、ほとんどが自家用か、島内消費に限られていたらしい。まさか、こんなにブレイクするとは、地元のひとたちも考えていなかったに違いない。

 紫芋ブームから数年たつが、日本には、広域流通や大量流通に適さないために休眠させられてしまった品種が、サツマイモに限らず、まだまだ埋もれているのではなかろうか。もしかしたら、それは、その地域にとって100年に1度の宝物となるような資源かもしれない。
 安納芋をいただきながら、そんなことを考えて、ちょっとワクワクした。


写真 上から順番に
●種子島港
日本で屈指の風の強さを誇る種子島。「だから、サーファーが魅せられるようないい波が来る」と地元の人は言う

●安納芋の生芋
見た目は素朴なのだが…

●焼いた安納芋
蜜がじんわり、中身はトロリ。鮮やかな黄金色にビックリ

(文中の画像をクリックすると大きく表示されます)

さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。

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