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みどりの食べ歩き・出会い旅 【12】

2009年10月15日

ジャージー牛「カルナ」の乳が洋菓子店「カルナ」のジェラートになる

         榊田 みどり


「ラーバンの森」入り口にある「おけら牧場」の看板。97年の重油流出事故で漂着したナホトカの船体で作られたものだ 福井県坂井市の温泉地として有名な芦原温泉の西側に、まるで小さな島が海岸線にとりついたような丘陵地帯がある。日本海の屈指の観光名所、東尋坊のある旧三国町だ。海に張り出した海岸線は、江戸時代、「三国湊」と呼ばれ、北前航路の港町として栄えた地域である。

 97年、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ号」の座礁事故で、大量の重油とともにナホトカの船首が漂着した場所として、記憶している方もいるかもしれない。その旧三国町を、3年ぶりに訪れた。目的地は、この町の丘陵地帯にある「おけら牧場」だ。
右 :「ラーバンの森」入り口にある「おけら牧場」の看板。97年の重油流出事故で漂着したナホトカの船体で作られたものだ


 1970年頃、まだうっそうとした雑木林だった丘陵地帯に、湘南ボーイで早稲田大学を中退した20代の若者が開拓者として入り、山林を切り開いて自給自足の暮らしを始めた。そのうち、彼の学生時代の友人だった女性が、彼の元を訪れた。大学卒業後、テレビ局の系列会社で音響の仕事をしていた彼女は、自前の掘っ立て小屋に住み、山林を開墾して農地を作り、鶏を飼い、一からすべて自分で創り出す彼の生き方に「面白そうや」と共鳴し、開拓生活に飛び込んだ。今や農業関係者の間では有名な「おけら牧場」の経営者、山崎一之・洋子夫妻の、これがなれそめである。


ログハウス「ラーバンの森」。1口3万円の有志の出資が建設につながった 山崎ご夫妻と出会って、すでに15年以上になる。お会いした当初、各地から知人を講師に招く「おけら塾」というサロンをすでに定期的に開催しており、食や農に造詣の深い著名人をはじめ、地域の農業者やジャーナリスト、ビジネスマンなど、年間1000人近くが訪れる牧場になっていた。

 その後、2001年には、宿泊施設を兼ね備えたログハウス「ラーバンの森」を牧場内に建て、地元の仲間とともに、地場産大豆を使った豆腐製造・レストラン「きっちょんどん」をオープン。さらに、石焼き窯を作り、地場産小麦でパンを焼く「パン教室」、エゴマを栽培する「エゴマの会」など、さまざまな活動を展開しながら、生産者・消費者という枠を超えた人脈を広げていた。
左 :ログハウス「ラーバンの森」。1口3万円の有志の出資が建設につながった

 ちなみに、大豆も小麦もエゴマも、丘陵地帯で増え始めた遊休農地を生かすことを念頭に始まった活動だった。地域に根付いた運動を、しっかりと経済活動につなげるアイデアの豊富さが、山崎夫妻の真骨頂である。


 そんな山崎夫妻が05年、新たにオープンした店が、ジェラート店「カルナ」だ。かつて港町として栄えた三国湊の魅力を再発信しようと、住民有志で始まった「三國湊魅力づくりプロジェクト」の一環として、古民家を生かして生まれた店だ。

古民家を生かしたジェラート店「カルナ」  さまざまなジェラートが並ぶ店内。夏は行列ができる人気店だ  
左 :古民家を生かしたジェラート店「カルナ」 / 右 :さまざまなジェラートが並ぶ店内。夏は行列ができる人気店だ


 開店に至るまでには、本場イタリアを夫婦で視察し、10日間で100軒のジェラート屋を食べ歩き、日本に戻ってからもホンモノの味を求めて試行錯誤を続けたというから、そのパワーには恐れ入る。しかも、おけら牧場は、もともと黒毛和牛の繁殖・肥育農家。どうするのかと思ったら、「そのためにジャージー牛の雌を1頭飼った」と後で聞いた。


 ホーリーと名付けられたその牛の搾りたてのミルクを主原料に、イチゴやりんご、さくらんぼなど季節ごとの食材をアレンジした、さまざまなジェラートが誕生した。これらの食材の中には、洋子さんが理事長を務める女性農業者のNPO法人「田舎のヒロインわくわくネットワーク」の各地のメンバーから送られてくるものも多い。どれもおいしいのだが、個人的には、三国沖の雄島で汲んだ海水を煮詰めた塩を使う「三國の海の塩」のジェラートが、なかでも絶品だと思っている。


おけら牧場で放牧されるカルナ。ロバのタローとは牛舎でも一緒で仲良しだ 3年ぶりにお邪魔した「カルナ」は、さらに進化を続けていた。今では、ジェラート以外にも、地場産小麦とたまごを使ったシュークリームや焼き菓子、搾った生乳から生クリームや生キャラメルまで作っていた。申し訳ないことに、食べてばかりで写真撮影を怠ったので、ぜひ、カルナのHPで、おいしそうなジェラートやお菓子の数々をごらんいただきたい。
右 :おけら牧場で放牧されるカルナ。ロバのタローとは牛舎でも一緒で仲良しだ


 さて、牧場でも、ホーリーの産んだ娘が成長し、母牛とともにミルクをもたらすようになっていた。おけら牧場では、その娘を、ジェラート店と同じく「カルナ」と名付けていた。もともとカルナとは、ローマ神話に登場する健康の女神の名前だという。人間にミルクという恵みとともに健康を授け続けてくれる牛への感謝の気持ちが、そこには込められている気がした。


復元された30aの農地を洋子さんが案内してくれた。5年後には、荒れ地がブルーベリーと栗が実る美しい果樹園の風景に変わる さらに、山崎夫妻は、還暦を過ぎて新たな挑戦を始めていた。里山の荒廃地を購入し、交流に訪れる都内の大学生とともに開墾作業を始めたのだ。訪れたとき、すでに30aの開墾を終え、ブルーベリーと栗の苗が植えられていた。
「あと10年はまだからだが動く。それまでに、ここを都市部から訪れるひとたちとの交流の場にしたい。それが今の夢」と話す洋子さんは、「開墾から始めて、最後はまた開墾に戻ったわぁ」と笑っていた。
 5年後には、1ha以上広がる荒廃地が、すてきな果樹園に変わっているはずだ。
左 :復元された30aの農地を洋子さんが案内してくれた。5年後には、荒れ地がブルーベリーと栗が実る美しい果樹園の風景に変わる


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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。

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