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みどりの食べ歩き・出会い旅 【6】

2009年3月10日

ぶどう畑の傾斜38度! 栃木のワイナリー「ココ・ファーム」は、ここがすごい!

         榊田 みどり
 

斜度38度のぶどう畑は圧巻!

 栃木県足利市に行ってきた。ぶどう畑を持つワイナリー「ココ・ファーム・ワイナリー」が目的地である。「栃木でワイン?」と思うかもしれないが、なんと、九州沖縄サミットでの晩さん会や、昨年開催された洞爺湖サミットのパーティーでも、このワイナリーのワインが採用されている。知る人ぞ知るワイナリーだ。

 しかも、ただのワイナリーではない。自社農場でぶどうを栽培しているのは、約130人の知的障害者と、彼らと暮らしを共にするスタッフたち。1958年、当時、中学の特殊学級の先生だった川田昇さんが、生徒たちの卒業後の社会的自立の場を作ろうと、教え子たちと一緒に2年がかりで山を開墾し、3haの畑に600本のぶどうの苗木を植えたのが、始まりという。


 ここが、農業を軸にした知的障害者更生施設の草分けとして有名な「こころみ学園」。ココ・ファーム・ワイナリーは、ぶどうに付加価値を付けて販売する道を求めて、こころみ学園園生の保護者からの出資を元に誕生した有限会社なのである。


こころみ学園の最初の事務所は、みんなで手作りで組み立てたログハウス。今はワインのテイスティングなどの場に使われている 
 今では、自社農場だけでなく、国内の他の産地との契約栽培ぶどうも買い取っているほか、園生たちが開墾した農園のあるアメリカ・カリフォルニア州への委託醸造も行い、年間約16万本ものワインを販売する会社になった。高齢になった川田さんに代わり、スタート当初から設立に関わってきた川田さんの長女、池上知恵子さんが、専務取締役を務めている。


 訪れて、まず圧倒されたのが、ぶどう畑の急傾斜。なんと、斜度38度! 乗用機械など使えない急斜面が、南西の空に向かってそびえている。当然、草刈りは手作業だ。
「園生みんなが、めいっぱい汗をかいて働いても、仕事がなくならない畑にしようと、父は考えたそうです」
と池上さんは言う。頂上から草刈りを始め、ようやく麓に辿り着いた頃には、すでに頂上の草が伸びている。翌日にはまた、上から草刈が始まる。「それが、いいんです」と池上さん。


野生酵母を基本に、ワインをじっくり熟成させる。プツプツという発酵音が、ワインの息遣いのように聞こえる 
 開園以来約50年、除草剤を一度も使ったことがないという農園で栽培されたぶどうは、園生たちが丹念に収穫し、1房ごとに手作業で腐敗した粒を取り除き、ココ・ファーム・ワイナリーに出荷する。大手ワイナリーではまねのできない作り方だ。


 以前、静岡県で知的障害者を受け入れている農家の方から聞いた話を思い出した。
「作業は遅くても、草取りや収穫などの単純作業でも、飽きずに黙々と、丁寧にこなしてくれる。時間効率は悪くても歩留りの効率はいい。時間給でなく出来高給なら、健常者より仕事の質は高いくらいですよ」

 ココ・ファームのワインも、時間効率だけに追われることのない、「障害があるからこそ実現できる品質」に支えられているのではないか。園内のレストランでワインと料理を味わいながら、そんなことを考えていた。

02年には、売店と併設で、ワインとともに地元の食材を楽しめるレストランもオープン。今や足利市の観光スポットになっている 
 ちなみに統計データでは、「国産ワイン」の生産量第一位は、神奈川県だそうだ。アルコール類は、原産地表示を義務付けるJAS法対象ではない。「ビン詰めした場所が原産地とされているため、バルク(樽)ワインを輸入してビン詰めしても"国産"になる」と、ワイン専門記者で友人の鹿取みゆきさんから聞いたときには、驚いた。神奈川県には、大手ワインメーカー工場がある。だから、トップ産地になってしまうのだ。


 しかし、生産量が少なく、知名度は低くても、ぶどう栽培から手掛ける本格的なワインづくりを目指すワイナリーや若い醸造家は、増えている。国内で知られていなくても、海外では高い評価を受けるワイナリーも登場している。そんなワイナリーを大切にするワイン文化が、日本でも育つといいなと思う。


写真 上から順番に
●斜度38度のぶどう畑は圧巻! ぶどうが実る秋に、また訪れたいと思わせる風景だ

●旧事務所
こころみ学園の最初の事務所は、みんなで手作りで組み立てたログハウス。今はワインのテイスティングなどの場に使われている

●ワイン蔵
野生酵母を基本に、ワインをじっくり熟成させる。プツプツという発酵音が、ワインの息遣いのように聞こえる

●02年には、売店と併設で、ワインとともに地元の食材を楽しめるレストランもオープン。今や足利市の観光スポットになっている

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さかきだ みどり

1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。

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