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2008年10月 7日
富山の薬と昆布酒の、深くて長いお付き合い
榊田 みどり
記者という仕事柄、週に2回ペースで全国各地に取材旅行にでかける。旅の最大の楽しみは、どの土地でも、風土に根づいた食文化に出会えること。時間の許す限り、地元の方に教えていただいた料理やお菓子を味わって帰るのが趣味になっている。
そうそう、食べ物だけでなく、もちろん、酒の飲み方にもお国柄がある。たとえば、同じ日本酒でも、囲炉裏で一升瓶ごと温めて回し飲みする茶碗酒から、骨酒、ヒレ酒まで、今までもさまざまな味わい方を教えていただいた。
先日、齢48にして初めて出会ったのが、富山県の昆布酒。教えてくださったのは、インタビュー相手だった農業界の重鎮で、意外にも、目利きができるほどの昆布通でもあった。幼少期から80代になられた今に至るまで、いつも短冊形に切った昆布を持ち歩いているそうで、一部では“お昆布様”とも呼ばれているらしい。
さて、その昆布酒である。お皿に乗せられて、短冊形に切った昆布が、酒とともに供された。どうやって飲むのかと思ったら、熱燗を盃に注ぎ、そこに短冊形の昆布を手でちぎって浮かべる。5秒ほど待ってから口に運ぶと、昆布のうまみがじんわりと酒に染み出し、実に上品な味わいになっている。なるほど、おいしい。
このとき初めて知ったが、富山県は、昆布の消費量で全国第一位なのだそうだ。蒲鉾や刺身の昆布絞めなど、料理にもよく昆布が登場する。生産県でもないのに、なぜかと思ったら、江戸時代、北前船で富山の米と引き換えに北海道から運ばれてきたらしい。
面白いことに、富山に運ばれてきた大量の昆布は、さらに、富山の薬売りたちが薩摩や琉球まで運び、昆布の対価として、中国から琉球にやって来る漢方薬の原料を仕入れた歴史があるという。
沖縄も屈指の昆布消費県だが、北海道と富山と沖縄には、そんなつながりがあったのだ。そういえば、“お昆布様”のご親戚も、富山県出身ながら、かつて北海道で昆布問屋をやっていたそうだ。
そんな“昆布ロード”に思いをはせると、昆布酒の味わいは、ますます深まる。何度も盃に酒を注いで昆布が柔らかくなったら、新しい昆布と取り換え、昆布を佃煮にする。これまた、うまい酒の肴になるのだから、本当によくできている。
写真
右上 :富山の米で作った酒と昆布。北前船交易の主役ふたつが融合した昆布酒。
左下 :使用後の昆布は佃煮に。鰹節をたっぷり削っていれるのが個人的には好み。
(文中の画像をクリックすると大きく表示されます)
1960年秋田県生まれ。東大仏文科卒。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリージャーナリスト。農業・食・環境問題をテーマに、一般誌、農業誌などで執筆。農政ジャーナリストの会幹事。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)『雪印100株運動』(創森社)など。