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農業でうまくいく人いかない人【5】

2020年9月 2日

「価格の付けられる農業へ」  

農業生産法人グリンリーフ(株)、(株)野菜くらぶ 代表取締役 澤浦彰治   


農産物には定価がない
 農業を行う中で、何度も壁にぶつかった。見方を変えれば、それは経営の転換期でもあった。特に、私が24歳くらいの時の壁(転換期)は、ひときわ大きい『価格決定の壁』であった。

 平成の初め頃まで、農家は自分で農産物の価格を決められなかった。需要と供給の関係から、買う人が価格を決めるのが普通のことだった。昭和の頃は、私の家も、作物を栽培して市場や農協に出荷する一般的な農家だった。


sawaura5_1.jpg 昭和から平成になるときに大きな転換期が現れた。それは、こんにゃく芋や野菜相場の暴落と、ガットウルグアイラウンドの締結、税務署の調査による追徴税の納付だった。私は「農業が好きで一所懸命にやっているのに、肥料代も払えない、借金も払えない、こんな農業のやり方はどこかおかしい!」と当時の農業のあり方に違和感をもち、その原因を探った。
 当時スーパーで売っている食料品には「定価」があった。しかし農産物には定価がなかった。どんなにがんばっても、買う人が価格を決める農産物には「定価」はなかったのだ。それでは経費もまかなえず、経営が成り立たない。つまり、価格を決められないことで、わが家の経営が窮地に陥ったことがわかったのだ。そこで、価格を決めるために始めたのが、こんにゃく加工だった(詳細については私の著書を読んでいただきたい)。こうして価格を決められる農業に、一歩踏み出すことができたのだ。


 時代は平成から令和になった。令和元年は、平成30年から野菜の安値が続いていた。特に元年の夏は不作で生産量が少ないにもかかわらず、単価は暴落したままだった。それまでとはまったく違う環境になったのだ。それでも私たちの会社は、契約取引、有機や特別栽培、食品加工(こんにゃく、漬物、冷凍野菜、ミールキット)、リレー栽培による年間供給体制、システム化、人財育成などにより、市場が暴落した中でも単価が健闘し、加盟農家の経営は減益になっても大打撃を受けるほどではなく済んだ。


価格はさまざまな価値で決まる
 改めて、農産物の価格はどのような価値で決まっていくか考えてみよう。キャベツを例にとると、単なるキャベツだったら中国産に価格で勝てなければ経営は成り立たない。中国産のキャベツに価格で勝てて経営が成り立つなら、それは立派な経営である。では、それをベースに、どれだけ価値を積み上げることができるだろうか。そこに経営手腕が問われると思っている。


sawaura5_2.jpg 最初に『栽培方法の価値』があげられる。「有機栽培」や「特別栽培」がそれに当たるだろう。これによって、ほしいお客様が明確になっていく。

 次に、『栽培管理方法の価値』があげられる。これはGLOBALG.A.P.やASIAGAPなどのGAPの取得があげられる。いま、需用者である食品メーカーや小売業は、生産された野菜の品質保証を重要視している。第三者が承認した工程で生産されている野菜を使うことがリスク管理になっているのだ。そこにも相応の価値が生まれてきている。

 その次に『安定供給の価値』である。とくに生鮮野菜は、天候により豊作不作が短期にくり返され、需用者は大きな損失を出すことがある。需用者からみれば仕入れの安定化で利益と競争力が生まれるのだ。平成30年11月から野菜の価格は安値安定だが、その一つの要因は、海外からの野菜の安定供給と言われている。これまで海外産の野菜は「安さ」で輸入が増えてきたが、今は「安定」を求めて輸入野菜が増えている。「安定供給」が大きな価値を生んでいるのだ。
 また、『届け方の価値』も見逃せない。産直や朝取り、農家の直売などがそれにあたる。最近はスーパー内に農家の直売所を見かけることが増えたが、これは届け方を変えたことによる価値である。
 『希少価値』もある。まだ誰もやっていない農産物や独自の品種など、だれもができない農産物を栽培する価値だ。その農産物がとてもおいしいとか栄養価が高いとか、そういった価値である。


加工する価値に注意
 気をつけなければならないのが『加工する価値』である。6次産業化とも言われるが、農産物をそのまま販売しないで、食品に加工して販売する価値である。しかし、ここには大きな落とし穴があり、成功するところは少ないと、以前会計検査員が言っていた。加工をしたら儲かるとは決して言えないし、経営面から考えると、農家が食品加工をやることに、私は反対だ。

 その理由は、衛生管理や工場の衛生レベルなどが、以前とは比べものにならないくらいに高くなったことにある。令和2年4月から、食品加工工場にHACCPの取得が義務づけられたのだ。
 私がこんにゃく加工を始めた頃は、保健所の許可さえ取れば、翌日から加工して販売することができた。現在は、保健所の許可だけの加工はNGである。HACCPなどは施設だけでなく、そこで働く人たちの衛生管理レベルまで問われることになっている。ノウハウをまったく持たない人がいきなり補助金で加工場を作っても、運営面で対応ができないだろう。


sawaura5_3.jpg 私たちの加工場では、有機JAS認証、GLOBALG.A.P.だけでなくISO22000や、それより厳しいSFFC22000を取得した。さらに米国のFDA(※)の工場監査や商品登録もできているレベルに、いまはなっている。過去30年の数々の失敗と経験、学習の積み重ねから、現在のような施設と組織になったということだ。仮にいま、農業生産だけをしていたとする。たとえ補助金が出るとしても、ゼロから加工を始めるのは無謀で、「絶対にやるな」と言い切れる。そのくらい管理コストがかかるようになったのだ。
 価格決定は経営の根幹である。とはいえ、農産物に自ら価格を付けていくために「これをやったら劇的にうまくいく」という魔法はない。さまざまな取り組みを有機的、組織的に、地道に行うしかないと考えている。そういった意味で、ニッチの集合体になることと、たとえ一人で農業をしていても、何らかの組織化と組織の中で農業をやっていくことが、農産物に価格を付けるためにはとても重要だと感じている。(了)


FDA:アメリカ食品医薬局

さわうら しょうじ

群馬県利根郡昭和村で農家の長男として生まれる。群馬県畜産試験場研修課程を終了後に就農。「野菜くらぶ」、グリンリーフ(有)設立に携わる。第47回農林水産祭において天皇杯を受賞。農業生産法人グリンリーフ(株)代表取締役、(株)野菜くらぶ代表取締役。(株)サングレイス代表取締役会長。

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