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2023年6月26日
農業の属地と属人(その3)
東北地方は、6月11日に梅雨入りした。平年が12日だから、ほぼ平年並みとの報道だ。
どんよりとした天気によるものだろうか、このあたりの中山間地域は同じような緑色の色合い見えるが、目を凝らすと、杉林は木立の先端が新緑となって突き出ていて、色調の違いが分かる。かつて、地域の大人から、「生育の旺盛な杉林は新緑の比率が高い」と聞いていたが、このような光景を目にすると、納得がいく。同時に、杉にからみつくフジの黄緑色が、やたらと目につく。手入れが行き届かなくなった里山の現実でもある。
前コラムで、トップランナー(農業法人)に対する普及活動は、妙にドキドキして楽しいだろうと思っていることを記した。
6次産業化の普及活動は、属地と属人でいえば、属人以外の概念が思い浮かばない。当然、事業者への普及活動は、対面が前提だ。加工原料の供給だけでなく、加工と販売まで手がけるとなると、属地的な要素はますます薄れてくる。昨年、同行調査をおこなった、干し柿生産事業者の聞き取りでは、担当する普及指導員の普及活動が、今の時代の普及活動そのもののように思えた。随所に垣間見える、普及対象と普及指導員の心地よい距離感は、長年かけて培われてきたものなのだろう。普及対象の農業法人(農業者)から頼られていることは間違いないだろうと実感した。
6次産業化が注目されて、その前の農商工連携の時代をさらに遡ると、野菜産地には加工用野菜原料生産の需要があった。近年でも、加工原料野菜生産の施策があり、状況は少しも変わっていない。当時、加工向けの供給価格は圧倒的に安かったことを覚えている。根っこの部分に「原料野菜は規格外品で、いわば、余りものや、わけあり農産物」という、食品加工業者の考えがあったのは事実だ。
「農業者も加工品を上手に試作していて、食味もすばらしいと思う」と、食品加工業者に話したことがあるが、「高い原料でおいしい加工品ができるのは当然。マーケットのことを考え、そこそこの(安価な)原材料で、水準以上の味に仕上げるのが、私たちプロの仕事」と、返された。それではと、本論を投げかけようと、安すぎる供給価格に思いをはせ、「継続した原料供給には、原価割れしない価格が必要だ」と、少し熱くなって返したことがある。
Win-Winの関係が認知されていなかった時代で、原料野菜供給は、利潤のほとんどが食品加工業者に遍在することを信じていたからでもあった。それでも、種類や生産時期、品質などの生産技術や生産情報を必要としているらしく、中立的な立場を堅持している普及員との良好な関係を保とうと努力する事業者は多かった。当時の食品加工業者と普及員の関係は、現在の農業法人と普及指導員の関係に近いような気がしている。
農業経営が大規模に展開されることが多くなり、普及活動も工夫が必要になった。余談だが、当時から「大規模な農業経営だけが農業ではない」と、しきりに発言する農業者がいた。普及対象にしていた園芸産地の多くは、小さな農業から発展するケースが多かったのも事実だ。始まったばかりの園芸産地では、高齢農業者が産地形成に寄与することが多かったため、産地のリーダーの一人は、「(経営規模が)大小混じった産地は足腰が強い」と話すのを参考に、「高齢者を活用した園芸産地育成」として普及活動を取りまとめたこともある。とはいえ、経営規模の大きな農業者が産地をリードしているという現実は、現在と変わりない。
平成に入ると、県の施策で農業経営指導がクローズアップされるようになった(農林水産省の施策も同じであった)。ちょうど、普及行政を担当していた時期だった。経営指導関係の新規予算には、普及活動の具体的なことはほとんど盛り込めなかったが、県や普及センターの態勢づくりを最優先にすることや、普及員のスキル向上をねらいにした。普及員を積極的に経営の専門スクールに派遣することになったのも、この事業であった。
山形県では、普及所で経営指導を開始するにあたり、関係者で次のような議論を行ったことがあった。「農業経営の視点では、農業者は重大な経営判断を下すことがあるが、その瞬間の、普及活動の軸足が見えない。結果論になるが、経営判断により経営が行き詰まったら、普及活動の責任論に発展してしまわないだろうか」と。一方で、「経営は技術と経済の両面があり、技術は普及の最も得意とする分野だ。普及はプラス志向で農業者を支援する限り、従来の普及活動から考えると、責任論に発展するようなことはないだろう」と。当然のことながら、農業者本人の判断が前提の発言だった。多くの普及員が、この視点を持ちながら経営指導を開始したが、これ以上議論が深まることはなかった。行政施策の瑕疵が幅広くとらえられていた時代背景を意識すればするほど、不安を払拭することができないでいた。
経営改善については、技術的な側面から頓挫する事例を数多く見てきた。農業分野に限らず、経営は生産技術の課題が多くを占めているという。かつて、生産技術課の名刺で製造業の人と名刺交換すると、「農業分野の生産技術なのですか?」と聞かれることが多かった。農業技術より生産技術の方が、他業種の人に理解してもらえるという現実に驚いた。たしかに、製造業にとって生産技術は切っても切れない関係にある。また、JAを除く市中の金融機関は、農業金融の経験が浅いということもあって、農業の生産技術に関して造詣の深い融資担当者は少ないという。この話を聞くと、生産技術(狭い意味では農業技術)は普及指導員の独壇場だろうと思い、ワクワクしてくる自分がいた。
多様な担い手による小農抜きに地域農業を語ることができないのは事実だが、農業法人が地域農業の多くを占める現在、普及活動の対象は個人であることが多い。農業法人を取り巻く環境では、①天候変動に対応した安定生産技術、②労働力不足への対応としてのスマート農業の展開、③経営継承などが問題となっているが、これらに対する普及活動の切り口は、平成の時代に大きく様変わりしている。「普及の対象は農業者」で、「農業者は時代とともに変化している」のだと、改めて実感する。農業法人への普及活動の同行調査では、属地問題で悩まされた我々とは違い、現在の普及指導員が対処すべき属人の農業問題となっているようだ。
普及事業には、先輩普及員の方々が培って来たであろう、普及対象者との微妙な(?)距離間(=普及方法)が、他の類似事業にはない特徴になっている。だからこそ、おおよその普及活動では、別段、距離感を意識しなくとも、業務がうまく進む可能性が高い。「ワクワクする仕事になる」と思うのは私だけではないだろう。ただし、若い普及指導員にとっては、これは、難題になるに違いない。
●写真上から
・最近、長持ちするように品種改良されたペチュニア類
・増殖を続けているスカシユリ
・一年越しで開花した観葉植物のへーべ
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。