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ときとき普及【39】

2021年9月27日

農村の風景(その4)


やまがた農業支援センター 阿部 清   


 例年8月下旬から9月上旬になると、JAの米の概算金が話題に上がることが多くなる。「銘柄米の産出県が1俵あたり9,800円だった」とか「地元の米屋の買入価格は9,000円らしい」などである。農業者は一様に「この価格では厳しい」と考える。「9,000円以下になったら大変だ」とも。当県でもご多分に漏れず、2,000~3,000円低下した概算金に決定したとの報道があった。


column_abe39_1.jpg 最近では、平成21年に米価下落があった。当時は米政策を担当していて、農家経済対策の議論を延々と行った記憶がある。ただし、この年は水田に対する直接払交付金があって、米の概算金の低下はあまり深刻ではなかった。平成26年にも概算金が低下したが、深刻な事態にはならなかった。米を巡る農政の大きな転換期で、米の生産調整が行政主体ではなくなったことや、農地中間管理事業による農地の集積の議論の方に、農業者の関心が集まっていたからだ。


 さて、自分は米の主産県の野菜担当普及員だったが、野菜の産地育成の普及指導活動では、米は常に意識すべき分野だった。意識せざるを得ない分野だった、と言う方が正しいかもしれない。
 農家の経営試算を行うと、水稲は複合経営の主たる部門というだけでなく、労働報酬は時間当たりでは優に2,000円を超える部門だったこともある。野菜部門では1,000円未満の品目が多かったからでもあるが、県の農業施策は複合経営の推進が金科玉条となっていて、水稲の収益性の高さが十分裏付けられていた時代だった。


 その頃、JAの営農指導員は「野菜は手間稼ぎ」と発言していたが、本心では納得しがたいのだと理解することにしていた。当時、手間は無尽蔵に地域に存在しており、経営面で雇用労力が最もコストがかさむ存在になるとは、夢にも思わなかった。一方で、手間がかかるがゆえに、多様な農業の担い手が産地を支える生産者として、存在意義を十分に発揮していた。「大規模生産者と小規模生産者が相乗効果を発揮して、足腰の強い野菜産地になる」と真剣に議論し、それを信じて疑わない普及活動を行っていたものだ。


column_abe39_2.jpg もちろん、完全共選共販を支える共同選果・選別施設があってのことで、この施設によって、選別・選果に要するコストが低減されるとともに、農業者は長時間労働から解放されることにもなる。一般に、産地化と同時並行で共同施設(地域拠点施設)を建設するのは難しいことが多い。JAの関係者には、「鶏と卵の関係」と説明したが、今になって考えると、適切な例えになっていなかったことに気づく。当時は、産地化の勢い(普及的には機運の醸成が高まる状態)を信じて普及活動を行っていたと思う。有利な補助事業をコーディネートできる、そんな職位になっていたことも事実だった。年齢や職位に応じた普及活動を意識し出した頃のことでもある。


 このことを最近、地元紙のインタビュー記事でJAのA組合長が話していた。「我々は共同選別・選果施設を前提に、多くの多様な農業者が、参画可能な園芸産地を育成してきた自負がある。産地化と同時並行で施設整備を行うことにした20年前の判断は、間違いではなかった」と。

 農村地域では多世代同居が多いが、世帯全員が農業者という状況ではなくなってきている。農作業の夜仕事を家庭に持ち込むことは、家族に圧迫感を与えるのだという。「いくら他産業に従事しているとはいえ、親世代が夜仕事をしているのに、自分達だけ団らんはできない」とは、普及員時代に聞いた話である。また、「選別・選果作業中心の夜仕事は勘弁してもらいたい。夜は仲間との語らいがあるし、社会活動にも参加しなければならない。PTA会員になると外出する機会が格段に増える。ただし、朝に遊んでいる仲間はいないので、朝仕事は苦にならない」とは、4Hクラブ員からの話である。


 「選別・選果作業は、誰にでもできる難しくない作業なので、労働単価は低い。しかし、選別・選果作業は共同施設で機械化することによって、コスト面のバランスが取れる」と、普及員時代には力説していたものだ。
 もし、いま現在の野菜の産地育成のモデルを考えるとすると、共同選果・選別施設がなければ、多様な農業者を結集した産地づくりは難しいだろう。農業従事者が不足する現在では、必須の施設だと思える。「直売などの多様な販売があるじゃないか」という人もいるだろうが、農業者の経済面から考えれば、それを選択する人は、多くはないだろう。JAの役割はここにあると、秋の夜長に考えてみた。


column_abe39_3.jpg 稲作経営に話を戻すと、水稲経営は10a当たり70,000円以下の生産コストでないと、経営は苦しいだろう。大規模経営以外には成り立たない部門になり、小規模の多様な農業の担い手は、水稲部門から離れることになる時代が来るかもしれない。

 そうでなくとも、広区画な水田が次第に多くなっている。それは、小さな農機主体の、多様な農業者による稲作を拒んでいるかのような、圧倒的な広がりのある景観に見えてしまう。現在が大規模稲作経営への移行期だとすれば、この秋の米の概算金が悩み多いものであることは間違いない。米の価格から農業構造が変化するなど、これまでなかった現象だと考えるのは、飛躍し過ぎているだろうか。

 軽トラックが運転でき、散粒器を背負うことができ、草刈り機を扱うことができ、人力作業を考慮した剤型や資材が豊富で、十分現役を続けることができる状況なのに、大農機具に投資ができないというだけでリタイヤしなければならないのは、実にもったいない。農村には農業者が多いほど良いと思うのは、自分だけではないだろう。

 それにしても、変化が大きすぎる。人口減少下の出来事だから仕方のない側面はあるが、農業や農地の継承ができない地域が続出するのではないかと不安になっている。


●写真上から
・ツルボの花が満開になると、もうすぐ稲刈りの最盛期
・ひっそりと開花するシソの花
・今年のススキの穂は赤みを帯びている?

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。

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