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ときとき普及【31】

2021年1月27日

令和X年の農業者(その2)
 中山間地域の農業経営者Bさんの場合(3)「中山間地域の小さな農業」


やまがた農業支援センター 阿部 清   


●Bさん:大学卒業後に県外に就職していたが、30歳で帰農して就農20年目となる。現在は水稲主体の基幹農業者
●先生 :Bさんの両親がニラを栽培していた関係から、彼とは旧知の普及員OB。


■小さくて楽しい農業 
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先生:「Bさんは、もう少ししたら水稲の法人も継承して引退すると言っていたね。農業からはすっかり足を洗うの?」
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Bさん:「いやいや、先生。今度は、小さくて楽しい農業をやろうと思っています」
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先生:「小さくて楽しい農業?」
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column_abe31_1.jpgBさん:「知り合いの農業者で、今年で御歳70歳になる人がいます。ご夫婦で65歳の時に、思い切って経営を縮小したのです。農業経営の分野では一目置いていた人でしたから、どうしたのかと心配しました。訪問したところ、実に楽しそうに農業をやっていました。野菜のみの生産ですが、生協の店舗にグループでインショップを構えていました。可処分所得として月当たり10万円を目標にしているそうです。なるほど、年間120万円の農業所得を稼ぐことは難しくなく、選択肢も多くありそうです。大規模に農業経営を行っていた時は、精神的にきつかったとおっしゃっていました」
「私は経営を縮小する楽しみを味わってみたいのです。肥育農家の場合、素牛という資産が大きく、経営の縮小に伴って利益が大きくなります。負債がないという前提はありますが」
「技術と経験も資産になるのではないかと考えています。これを活用すれば、前向きな経営縮小ができるのではないかと。直売も、所得目標が低いとハードルは一段と低くなります」
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先生:「なるほど。農業所得400万、500万円を生み出すとなると、それはそれで難しさがあるね。技術と経験に裏打ちされた小さい農業の場合は確実だ。現実には農業者のすべてが、例えばダイコンをきっちり作りこなせるとは限らない。販売においても、JAにまかせっきりの場合は皆目見当がつかないだろう」
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Bさん:「農業者でオールマイティの人は少ないですね。野菜に行きづまったら、葉っぱでも売りますよ」
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先生:「葉っぱビジネスだね。まさしく楽農だな。ところで、JAの基本理念は知っているかな?」
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Bさん:「一人が万人のために、万人が一人のために、ですか?」
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column_abe31_2.jpg先生:「いいフレーズだね。組合員の足らざるところを補うサービスともいえる。多くの農業者がこの地域で生きていくには、理念として真っ当だ。ただし、超人口減少社会となった今、"一人が万人のために"という部分だけがクローズアップされたら、担い手はたまったものではない。Bさんの、かつての話と通じるところだ。昔は、集落のほとんどの生活スタイルが同じだったからね。目的意識が一緒でなく、その役割を具体的に発揮するのが難しい今の時代であれば、この万人の役割をJAが新しいサービスという形で提供してくれたらすばらしい。JAはきっとできるはず、というのが私の持論かな。サービスは固定したものではなく、自在に発揮されて初めて効果が出現するものだ」
「昔は組合員と一緒になって、夢を熱く語る営農指導員がいたね。私が農業改良普及員だった頃は、営農指導員と夜中まで産地づくりを語り合ったものだ」
「Bさんはオールマイティに近いから、"わが道を行く"で、大丈夫だろう」
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Bさん:「そうありたいと、願っています」
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■支援する人達
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Bさん:「私が経営管理に関心を持つようになったのは、平成30年からです。ちょうどこの時期に農業者支援センターが設立され、普及指導員の先生のコーディネートで、専門分野のプランナーを派遣してもらいました。この方々との付き合いの中で、ずいぶん考えさせられました。具体的な商談に対するアドバイスや経営管理への支援もいただきました」
「気象災害があると相談窓口が設けられますが、どちらかというと後ろ向きの相談ですね。窓口の担当者にもよるのかもしれませんが、ここを訪ねるのは敷居が高いかな。農業者支援センターは前向きな雰囲気があると感じました」
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先生:「普及指導員の人達は?」
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Bさん「普及指導員の先生方は忙しそうです。いろいろ支援はいただいていますが・・・」
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先生「私に対して遠慮はいらないよ。普及指導員のスキルと個人情報の取り扱いに対する不安だね。"普及"という名称が邪魔しているのかな?」
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column_abe31_3.jpgBさん:「みなさん高等教育を受けた優秀な職員です。私がお付き合いしていた先生方には、多くの示唆や支援をいただきました。印象に残っているのは技術水準が圧倒的に高い先生方ですね。その方たちは、結論に至る経緯では論理的で、幅広い考え方をお持ちでした。技術者だと自己主張が強いと言われますが、決してそうではなかった。学者と普及指導員の違いでしょうか。先生、理論だけでは農業はできませんよね」
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先生:「そのようなスキルの高い普及指導員は少ないのでは?」
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Bさん:「年齢や経験は関係ないと感じました。それよりも気持ちの問題かな。相当優秀な普及指導員であっても、分からないことはあるようです。その時、どうやって解決するかが大切なのではないでしょうか。農業者は、長年の経験があったとしても、疑問を感じることが多くあります。先生にイメージで伝えるなら、"農業力"でしょうか」
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先生:「"農業力"。うまいことを言うね。普及指導員は学者ではないから、自説のみを展開してはいけないということかな」
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Bさん:「信念と主義主張は違いますね。専門家、プランナーをどんどん活用してもらうと助かります」
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先生:「現在の普及で、できるだろうか」
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(注 これは架空の話です)


***


 コロナ禍の2度目の冬となっている。暖冬小雪だった昨冬に比べ、今冬の圧倒的な雪に、もがく地域がある。
 私が普及員だった頃、まとまった降雪があるたびに人口減少を実感すると話す人がいた。時折訪問する機会がある普及指導員は、これらの中山間地域の行く末をどのように感じているのだろうか。小さな農業でも、周年で生産活動が継続することを期待しているのではないだろうか。
 さて、墨絵の世界のような中山間地域の風景が変わり始める季節になるまでには、あと2か月間、雪と奮闘しなければならない。誰一人として心が折れてしまうことがないことを祈る。


写真
すべてがグレーモードの中山間地域の雪景色

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。

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