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2020年12月28日
令和X年の農業者(その2)
中山間地域の農業経営者Bさんの場合(2)「中山間地域の農業生産」
●Bさん:大学卒業後に県外に就職していたが、30歳で帰農して就農20年目となる。現在は水稲主体の基幹農業者
●先生 :Bさんの両親がニラを栽培していた関係から、彼とは旧知の普及員OB。
■それから
Bさんと先生の会話(前回コラム)からほどなく、Bさんの集落では圃場整備事業の機運が高まり、計画、実施と、順調に事業が進んだ。水田面積15ha、畑地整備は遊休農地の復元を含めて10haだった。
水田は、Bさんの希望がほほ採択され、区画は平均50a程度、幹線排水路を除いて、用水・排水は管路化となった。農道のかさ上げは極力抑えられたが、田型はほぼ長方形なものになった。大きな法面を解消することができなかった部分もあり、その場所を眺めるにつけ、Bさんはため息がもれるのだった。一方畑地は、山なりの不正形な圃場ではあったが、傾斜地にありがちな排水不良箇所はほとんどなく、機械化作業に支障はなかった。
圃場整備が終了したある日のこと。
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先生:「Bさん、久しぶり。この地区の農地はすっかり変わったね」
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Bさん:「先生、7年ぶりですね。あれから圃場整備がトントン拍子に進んで、この集落も変貌しました」
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先生:「集落の皆さんはどうなったのかな」
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Bさん:「圃場整備前には、離村の可能性がある家は、集落の25戸のうち10戸程度と思っていましたが、計画が公表されると、集落に大きな変化が起きる可能性が高いと感じたらしく、集落を離れる家庭は3戸でした。もっと離村するのではないかと思っていましたが、圃場整備の計画と農業への関与のあり方が持ち上がったので、興味を持ってもらえたようです」
「世の中の変化だけだと自分の将来に対する不安は日増しに大きくなるのかもしれませんが、生活エリア内の変化に対しては、自らの変化を促すような力が働くのかもしれません。人間は、変化に対して順応する能力があったのですね。今回のことで、つくづくそう思いました」
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先生:「残った人の生活スタイルは、変化しているのかな」
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Bさん:「以前、畑地を活用した園芸作物生産の話を聞きましたが、思い切って園芸だけの農業法人を立ち上げました。キャベツやサトイモ、輪作作物としてネギの生産計画を作ったところ、知り合いの農業法人から、提携の話が持ち込まれました。その法人は県外資本の農業法人と資本提携しており、ちょうど夏秋期の生産量が不足していたようです。そのため、周辺地域の農場を物色していたらしく、マッチする農地の一つが私達の農業法人でした。新たな供給先を探す必要がないため、迷わず契約しました」
「数シーズンたったら、私は農業法人の経営を退くつもりです。当初から、会社立ち上げの段階で退くと考えていましたから」
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先生:「集落の人達は関係しているのかな」
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Bさん:「それは当然です。地域内の労働力の大半は高齢者です。高齢者といっても健康な人が多いので、年金プラスアルファの部分をパートで稼いでもらっています。繁忙期中心のパートですが、週3、4日で1日6時間ほどの勤務です。月平均で5万円程度にはなるので、満足感はあるのではないでしょうか」
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先生:「Bさんの本業の水稲はどうなの。」
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Bさん:「水稲部門は、あれからすぐに法人化しました。一戸一法人です。私には後継者はいませんので、現在の従業員に経営を承継したいと考えています。集落のすべての水田を農地バンク経由で受託しています。その他、周辺集落の農地も受託するようになり、現在では約50haの経営規模になっています。基盤整備直後に、ミニライスセンターや農業機械の導入を行ったので、現在、約1億円の長期負債がありますが、単年度では、やっと黒字化するところまでこぎつけました。経営試算で、通常の作柄での黒字化は可能でしたが、栽培管理が遅れ気味なため、収量が低下する悩みがありました。思い切って、集落の高齢者に水田の水管理や畦畔の草刈りを委託したところ、思いがけずウィンウィンの関係になりました。高齢者の方は水管理は散歩がてらにできると言い、こちらは計算できる収量となり満足しています。年寄り様々ですよ」
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先生:「どのくらい支払っているの」
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Bさん:「草刈りは別料金で、一団地ほぼ3haで、月1万円の管理料を支払っています」
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先生:「うまいこと考えたね」
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Bさん:「残る選択肢を増やすとお話ししたことがありましたが、結果的に、残った方々が活躍することになりました。こう言ってしまうと大袈裟ですが、内心はわれながら大満足です」
「それでも圧倒的に高齢者が多い集落には違いありません。最近、地区出身者や地区外の若い人から問い合わせがあります。私のところに興味があるのだそうです。この地域で役割があり、必要性が感じられれば、定住するのではないかと思っています。集落外からの通勤になるかもしれませんが、もう少しの辛抱かな」
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先生:「さっきの話の中で、いつの時代も世の中の流れや変化はあるけれど、集落の変化を感じられない寂しさのような話をしていたね。個々の経営も同じことが言える。変化がないと改善はできないし、まして解決などできはしない。昔ながらの集落の場合、変化を好まない人が多かったと思うが、よく基盤整備の合意がとれたね」
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Bさん:「あの時は、来たるべき世の中の変化に置き去りにされそうな不安が、集落のみんなにありました。人口減少、この集落では離村者の増加として、議論の前提にあったのだと思います。変化に対する寛容な理由は、こんなところだと思います」
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■米生産を巡って
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先生:「そういえば、平成30年に米政策の大きな転換点があったね。Bさんは、その時どのように考えた?」
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Bさん:「平成27年、28年、29年の3年間、需給が締まっていました。価格は安定していたので、多くの知り合いは、当面、30年産は大丈夫じゃないかと思っていました。ただ、平成29年産米は引き合いが強かった。農林水産省で公表する取引価格は1万5千円台だったのですが、現場の取引価格は1万4千円なので、公表価格を疑ったりしていました。もしかすると、潜在的な増産による米価低迷は現実的な問題ではないか。気象条件の影響が、農林水産省で発表する数字より悪いのではないか。公表数値を疑っているのではないのですが、つまるところ、国の生産管理に対する関与の度合いが薄まったとしても、大きな変化はないだろうと思っていました」
「令和の時代になると、需給が緩んだりタイトになったりしました。需要量が年々減少するトレンドは相変わらずです。稲作農家の減少も進んでいます。米価は平成の後半を下回るようになりました。かつては米と言えば主食用米をさしていましたが、令和に入ると、主食用以外の用途を含めた米の経営戦略が重要になったと実感しています」
「本当なら現物の取引市場があるとわかりやすいのですが、米卸の買い付けが現場まで入ってきていますから、現場の相場観は実感できるようになっています。思惑で、高騰、暴落の振れ幅が大きくならないといいのですが」
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先生:「現場の取引が進んでいたとは、これは想定外かな」
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Bさん:「知り合いの農業法人は、米卸と播種前契約を行っていて、私にもオファーがあります。現場はそのような状態なのです。30年産から、県農業再生協議会が生産のめやすを公表していますが、市町村協議会を経由すると、その意味合いは薄れてきているのではないかと感じています。先ほど、現場での播種前契約のことを話しましたが、生産原価を元に交渉価格を設定して、商談に臨んでいます」
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先生:「FCPシート(※1)のことかな?」
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Bさん:「そうです。もちろん天候で左右されるので、アローワンス(※2)も提示しています」
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先生:「花きや野菜分野では定量提示の契約が多いけれど、一定の幅が交渉できるのかな」
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Bさん:「野菜の分野においても、播種前契約であれば一定の幅での数量、価格契約は一般的になっているのではないかと思います。かつては、残品は青果市場へ出荷していましたね」
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先生:「それでも、コストを下回るような暴落があるかな」
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Bさん:「最低限のところは収入保険で補填されるのですが、貯蔵できる米を商っていると、在庫調整の関係もあって、保険も微妙かな、と思っています」
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先生:「収入保険の支払いを受けたことはあるの」
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Bさん:「私のところはありません」
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先生:「すっかり企業人になったね」
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※1 FCP(フードコミュニケーション・プロジェクト)シートとは、生産者が伝えたい情報と、バイヤーが知りたい情報を1枚の紙にまとめたもの
※2 アローワンス:事前契約の場合に取り決める販売数量や価格などの一定の範囲
(注:これは架空の話です)
写真上から
里山に降雪があると、もうすぐ里は根雪になる
中山間ではカキを収穫しなくなった
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。