MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2019年6月28日
平成の農村女性(その3)
昔は普及方法の研修があった。
先輩普及員のFさんから、「研修会や講習会の出来、不出来は、冒頭に注目を集めるような、例えば、笑いを取るような仕掛けによる」との講習を受けたことがあった。その心は、農業者に集中して話を聞いてもらえたら、普及の効果が格段に向上するというものだった。また、初対面の農業者への訪問では、「最初に写真を撮る。次にその写真を持参する。三度目の訪問から本題の普及に進む・・・・」このような普及方法の講習を受けたこともある。遠回りの普及だとも感じたが、用件を伝えるだけを目的化せず、農業者の実践を目的とした普及活動なのだと、十分に納得したものだった。
*****
JAの女性部を対象にした講習会の機会は多かった。
O農協女性部の野菜づくり研修会は、夜に開催するのが恒例になっていて、この講習会の場をつかって普及方法というものを試してみようと、ひそかに考えた。
O農協は夏秋トマト、ミニトマトやニラなどが産地化されていて、女性部員の多くは産地を支える女性パワーとして活躍していた。男性に比べて理屈っぽくなく、内容をしっかり受け止めてくれるような存在だった。ただし、講習会の冒頭で笑いをとることなど、経験が豊富な普及員でなければ難しいので、逆説の話(これまで相談を受けた、農業者の失敗談)からスタートすることにした。結果、講習会での彼女達のレスポンスが極めて良く、普及員になって初めて体験した、充実した講習会になった。
*****
心地よい高揚感を感じながら、農協の営農部に立ち寄った。夜の9時ちょっと前にもかかわらず、職員のほとんどが在席しているのに驚いた。(今ではブラックな職場になるかもしれないが、)少なからず、営農指導に対する熱気が感じとれた。
「先生、ご苦労様。すぐにお帰りですか?」(G営農指導員)
「ちょっとは大丈夫」(できれば早く帰宅したかった私)
「お願いがあるのですが・・・?」(G営農指導員)
「どんな用件かな?」(先送りしたかった私)
「一箇所、圃場を見て欲しいのです」(遠慮がちなG営農指導員)
「今日は月夜ではないよ。いや、月夜でも暗くて無理だろう」(できれば断りたい私)
「性能の良い懐中電灯を用意しているので大丈夫だと思います」(押しの強い行動を取るG営農指導員)
「それだったら大丈夫かな」(根負けした私)
G営農指導員と圃場に入り、懐中電灯で照らされた作物は、自然光ではないので心配したとおり、判断するのは無理だった。葉色が判別できないのが主な理由だった。
少し前に、大規模に施設園芸を実践する旧知の法人経営者は、明日の作業計画を、前日の夜に懐中電灯を片手に施設を巡回しながら考えるという話を聞いたことがあった。恐らく、作物を観察するのが目的ではなく、懐中電灯のスポットライトで明暗をつくって、考えを集中させるのだろうと理解し直した。
帰路の車中、今夜の講習会のことをつくづく考えた。
今日の講習会での女性部のレスポンスの良さは、農協が日常的に技術情報を提供しているからではないか。O農協は、日頃から、トマトで○○○万円を達成させたいと公言しているだけに、営農指導も半端ではないのではないか。共同選果施設を整備しているから、講習会が夜に可能なのだ。経済や生活優先のJAのサービスは、女性の声に、しっかり応えているのだろうな・・・・。
かの有名なチャップリンの名言に、「人生は恐れなければ、とても素晴らしいものだ。人生に必要なものは勇気と想像力、そして少しのお金だ」という有名なフレーズがある。
「人生」を「農業」に、2番目の「人生」を「農業者」に置き換えれば、「少しのお金」の部分は、女性部の方々の感覚にピッタリと当てはまる。その視点は、多くの成果を求めることより安定を大切にしているようだ。そのため、講習会で説明した栽培の失敗例⇒栽培を失敗しないやり方⇒栽培の安定と感じてくれたのかもしれない。安定こそが普及の基本であり、最も得意な分野そのものだとも思った。どちらにしても、O農協の野菜産地を支えているのは今夜の女性パワーだと、あれこれ考えながら、高揚感が残ったまま、帰宅したのだった。
*****
しばらくして、あの夜の講習会は伝説になったとの世辞を、G営農指導員から聞いた。今後の講習会は失敗談だけではなく、機会があったら「色もの」にも挑戦しようとの思いをめぐらした。しかし、間もなく、とある手ごわい女性達から、木っ端微塵にされることになるとは、考えも及ばなかった。
昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。