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ときとき普及【8】

2019年2月22日

良い手間、悪い手間の巻(その3)


やまがた農業支援センター 阿部 清   


 退職後、数ヶ月経過したある日のこと。資料を整理していたら、若かりし頃の手書きの栽培資料のファイルが出てきた。・・・・捨てられずに保存されていたのだった。


「これ、とって置いてくれたのだね」(キラキラと妻を見た私)
「捨てても良いと言っていたけれどね」(普通に話す妻)
「この頃は夏秋キュウリの産地づくりに無我夢中だったな。飾り線があるところなど、歴史を感じるね」(感慨に浸る私)


*****


 S村の広報誌に、匿名で一年間、コラムを連載したことがあった。
 ある月に、「私はキュウリが嫌いです」というタイトルのコラムを書いたことがあった。キュウリ栽培農家の小学生の女の子の目線で、夏休み中に、朝から晩までキュウリに忙殺される両親への思いと、寂しさを文章にしたのだった。
 普及対象にしていたO農協キュウリ生産部会でも話題になった。キュウリ栽培農家の抱える農業労働の量と質の問題と、収量性の向上等を普及課題にしていたが、なかなか改善が進まず、ちょっと悩んでいた時期でもあった。


column_abe8_2.jpg「生産部会長、すみません。今年も平均反収が目標の10tに至りませんでした。結果論になりますが、今年は病害が多発し、減収してしまいました。その対応に、もう少し工夫が必要だったと反省しています」(私)

「大丈夫だよ。先生のことは誰も悪くは言わないから」(慰めてくれるI生産部会長)

「どうしてですか?」(よくわからない私)
「先生は、こちらに来ると、最初に必ず集荷場の出荷量と単価の掲示板を見て一喜一憂しているね。部会員の皆が知っているよ。歳は若いけれど、目線が自分達と同じだってことかな」(I生産部会長)
(右上、左下)自戒の念を込めて、年に数回確認するようにしていたキュウリ画像


column_abe8_1.jpg「最初の講習会で、『平均反収を10t以上にします。そのための対策は・・・・・このとおりです』との説明を聞いて、半信半疑でも期待はしていた。今は途中経過にすぎないから」(I生産部会長)

「部会員の皆さんはどのように感じていますか?」(私)

「今年の現地研修会では、部会員全員の圃場35カ所を半日で巡回してくれたね」(I生産部会長)

「正直、結構きつかったというのが感想です。圃場が5カ所目ぐらいになると、何を話していいか、シドロモドロになりました。個々の生産者の思いを、しっかり受け止められなかったかもしれません。対応の遅れが病害多発の引き金になったケースもあります」(私)

「どんな話をするよりも、現地圃場をすべて回ることに意義があった。先生の考えは十分浸透してきているので、来シーズンには必ず結果が出ると思う」(I生産部会長)


「ところで、農協では、共同選果施設の建設をどのように考えているのでしょうか?」(私)

「共同選果施設は、利用料との関係で、単価が安い時期は重荷に感じる部会員が多い。しかし将来的には、絶対に必要な施設だと皆が感じている。労力的な課題がもっと深刻になれば、意見はすぐにでも集約されるのではないか」(I生産部会長)」

「それでは、当分は労力改善でしのぐ必要がありますね」(私)


 幸いにも、翌年度(普及活動の3年目)のキュウリ生産部会の平均反量は11tだった。気象栽培のリスクにさらされる寒冷地の露地栽培ではハイレベルな数値だと、自画自賛したものだった。ただし、もう一つの普及課題、農業労働の量と質を抜本的に改善するための共同選果施設の導入は、ずっと後になってから実現することになる。


*****


 I生産部会との3年間は、普及員としての役割を考えさせられた、かけがえのない期間だった。その時期の手書きの栽培資料は、I生産部会長や部会員と一緒に、現場に適合するように何度も書き直した宝物だと、妻に話したことを思い出していた。
「その資料は、あなたにとって宝物なのでしょ」(やはり覚えていた妻)
「この資料、まだ現場で通用するかもしれないな」(私)
「いつまでも感慨に浸っていないで、整理を進めてください」(妻)


*****


 先月のある日、新聞の訃報欄にI生産組合長の名前を見つけた。
 安らかにお眠りください。

あべ きよし

昭和30年山形県金山町の農山村生まれ、同地域育ちで在住。昭和53年山形県入庁、最上総合支庁長、農林水産部技術戦略監、同生産技術課長等を歴任。普及員や研究員として野菜、山菜、花きの産地育成と研究開発の他、米政策や農業、内水面、林業振興業務等の行政に従事。平成28年3月退職。公益財団法人やまがた農業支援センター副理事長(平成28年4月~令和5年3月)、泉田川土地改良区理事長(平成31年4月~現在)。主な著書に「クサソテツ」、「野ブキ・フキノトウ」(ともに農文協)等。

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