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「野菜ソムリエ」の元気を作るおいしい食卓【74】

2020年2月14日

深谷の生産者を訪ねて② 飯塚商店の「もやし」


野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター 田代由紀子   


 先月に続き、埼玉県深谷市の生産者の紹介です。


■「深谷もやし」とは
 今回ご紹介するのは「もやし」を生産、販売する飯塚商店の飯塚雅俊さん。知人の紹介でそのもやしを食べたときの感動が忘れられず、いつかお会いしたいと思っていた方です。

 飯塚商店は、昭和34年創業のモヤシ製造、販売店です。近年、新聞やテレビ番組などのメディアで『昔ながらの味がする「深谷もやし」』として取り上げられることが多いので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。


 モヤシとは、緑豆やブラックマッペ、大豆などの種子を発芽させた発芽野菜の総称です。通年安定の味と低価格で、庶民の味方として知られた野菜であり、今は工場で栽培されるのが一般的です。以前、コンピューター管理された大手のモヤシ工場を見学に行きましたが、育成室と呼ばれる部屋の中で、モヤシがタンクにぎっしりと詰まっている様子に驚いたことがあります。ところが、飯塚商店の「もやし」は、工場で大量に生産されるモヤシとは一味も二味も違います。


■豆の力を引き出して作る、ホンモノのもやし
 飯塚商店の「深谷もやし」は、ミャンマー産のブラックマッペから作られます。スーパーなどで見かける緑豆モヤシに比べると、ひょろひょろと細く、根が長い。一見、頼りなさげに見えますが、口に含むとシャキシャキとした食感と、豆と野菜を一緒に食べたような濃厚な味がします。しかし、これは豆の違いだけではないそうです。

 工場で作られるモヤシには、見た目をよくするため(太くするため)エチレンという植物ホルモンを使います。エチレンには植物の茎や根、芽が伸びるのを抑制し、太く育つ働きを促進させる作用があるとのこと。それに対し、「深谷もやし」はエチレンを使用せず、豆の持つ力だけで自然に成長させているため、細いけれど味の濃いモヤシができるのです。


 飯塚商店では、発芽させる作業から袋詰めまで、すべて手作業で行っています。仕込みのためにお湯に豆を浸し、プクプクと泡立つ様子で発芽を確認。ムロでは手作業で水やりを行います。モヤシは発芽、生長するときに熱を発するため、常に温度を確認する必要があるので、「モヤシの都合」に合わせた生活は休む間がないそうです。


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 収穫は根が折れないよう、ていねいに行います。なぜなら、健康に育ったモヤシの根は栄養価が高く、味も濃いからです。いつの頃からか料理のレシピに「モヤシの髭(根)は取るもの」と書かれるようになり、モヤシの根を味わってみようと思ったことはありませんでしたが、香味野菜の根には茎や葉よりも香りが強いものがあるほどですから、健康に育ったモヤシの根が香り高いのも納得できます。


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■自らこだわりを伝える
 このように、豆のもつ生命力を最大限に引き出した「深谷もやし」だからこそ、植物本来の味、昔ながらの味、になるのでしょう。今では首都圏の大手デパートの催事に出ると、その味を求めて人が集まり大盛況となる、人気の高い野菜になりました。

 とはいえ、飯塚さんが先代から引き継いだころは、大変な苦労をされたそうです。大手の安価なモヤシでないと、売り先のスーパーや飲食店に受け入れられなかったのです。そこで多くの人に本物のもやしを知ってもらうために、自ら店頭で試食販売に立ったり、子供にも理解してもらえるよう絵本を作成したり、埼玉県の在来種の大豆でもやしを作ってみたりと、さまざまな試みをされ、その結果、周りの人を動かし、賛同を得たのだと思います。

 世の中の流れに流されず、先代の思いや自分が信じる「正しい食のあり方」を貫き続けている、すばらしい生産者の飯塚さん、そして長く飯塚さんを支えて来られた奥様の泰子さんにお話を伺えたことに感謝しています。


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左 :埼玉県在来種大豆など / 右 :モヤシの豚肉の蒸しもの


■「深谷もやし」おすすめの食べ方
 今回の見学で譲っていただいたもやしは、飯塚さん一番のおすすめの食べ方「深谷もやしの豚肉の蒸しもの」でいただきました。「深谷もやし」の上に薄切りの豚肉を並べ、蓋をしてさっと蒸すだけ。シャキシャキの食感ともやしの旨味に豚肉のコクと脂の甘みが相まって、とてもおいしい一品でした。


 飯塚さんの足跡は、書籍「闘うもやし―食のグローバリズムに敢然と立ち向かうある生産者の奮闘記―」に詳しく書かれています。農業に携わる方、食に関わる方に読んでいただきたい本です。

たしろ ゆきこ

野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター。「楽しく、美味しく、健康な生活を!」をコンセプトに野菜についてのコラム執筆、セミナー開催、レシピ考案などを行っている。ブログ「最近みつけた、美味しいコト。。。」で日々の食事メニューを発信中。

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