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「野菜ソムリエ」の元気を作るおいしい食卓【56】

2018年8月14日

ユウガオの圃場とかんぴょう加工見学


野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター 田代由紀子   


 7月後半、収穫真っ只中の「ユウガオ(夕顔)」の圃場を見学するために栃木県壬生町を訪れました。ユウガオは乾物のかんぴょう(干瓢)の原料ですが、加工される前のものを見るのは初めてでした。


【かんぴょうの加工】
 かんぴょうとなるのはウリ科の植物のユウガオの実で、「フクベ」といいます。今回見学したフクベは洋ナシのような形で丸フクベと呼ばれ、ほかに長い形をした長フクベもあるそうです。


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左 :圃場のかんぴょう / 右 :ずっしり重いかんぴょう


 フクベは着花してから15日~20日前後、約7~8kgで収穫されます。1つ1つ手で収穫しなければならないため重労働です。収穫したフクベは翌日の夜明け前から加工を始めます。外の固い皮を、専用の電動かんぴょうむき機で3cmほどの幅にむいていきますが、手で厚みを調整しながら、足でスピードを調整するので技のいる作業です。
 むいたフクベは次々に竿にかけ、日の出前には干し終えます。1日半ほど干して製品になるとのことでした。フクベの収穫時期6月末から8月いっぱいくらいまでの毎日、この作業が続きます。


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 フクベは外側の固い皮だけでなく中心部のワタも廃棄されるため、製品として使用できるのは全体の3分の1程度です。1個7~8kgのフクベからとれるかんぴょうは、干すと150g~200gになってしまうと聞き、その価格に納得しました。
 また、一般的に流通しているものは、保存のために硫黄(いおう)を使って加工されているものが多いのですが、今回見学した須藤さんはかんぴょうの食感や味のよさから、硫黄を使わない方法で加工を行っています。


【かんぴょう加工の歴史と皮むき機の移り変わり】
 かんぴょうの歴史は古く、中国から伝来し滋賀で栽培されたという説、朝鮮半島から伝わったという説などあるようですが、栃木県では1712年、鳥居忠英(とりいただてる)が現在の滋賀県水口(現甲賀市)から栃木県壬生町に配置換えされた際に、ユウガオの種を取り寄せ、領内で試作したのが始まりとされています。壬生町の歴史民俗資料館にはかんぴょう伝来300年の記念碑もあり、いかにかんぴょう栽培が盛んであったかが伺えます。


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左 :かんぴょうの碑 / 丸むき手廻し機(中)と手カンナ(右)


 歴史民俗資料館には、かんぴょうに加工するための道具「かんぴょうむき機」が展示してあります。江戸時代には小刀を使い外側からむいていたのが、明治時代になると「手カンナ」という小さな手のひらサイズのカンナが使われるようになります。小刀と違い、輪切りにしたフクベを内側からむいていきます。実際に体験しましたが、1本を長く続けてむくのは難しかったです。その後、「丸むき用手廻し機」という現在の機械の原型が発明され、昭和になると「足踏み式かんぴょうむき機」が開発され、飛躍的に生産量が上がったそうです。
 現在も、栃木県のかんぴょう生産は全国の98%を占め、日本一の生産量。また壬生町は栃木県全体の生産量の70%を占めているので、壬生町がいかにかんぴょうの町であるかわかります。


【かんぴょう料理】
 今回は壬生町「とちぎわんぱく公園」内にある「レストラン花みどり」で、かんぴょうづくしのランチをいただきました。


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*煮物(八幡巻き) かんぴょうが巻いてある
*ゴマ酢和え 茹でたかんぴょうにレモン汁で和えたさっぱりした和え物
*飛竜頭 千切りにしたかんぴょうが入っている
*卵とじ 千切りにしたかんぴょうが入っている
*かんぴょう寿司 
*かんぴょう味噌汁
*かんぴょう漬物


 普段は甘辛く煮漬けたものをかんぴょう巻きにしたり、チラシ寿司の具材として利用するだけだったかんぴょう。これからは、新たな料理で楽しんでみようと思います。

たしろ ゆきこ

野菜ソムリエ・アスリートフードマイスター。「楽しく、美味しく、健康な生活を!」をコンセプトに野菜についてのコラム執筆、セミナー開催、レシピ考案などを行っている。ブログ「最近みつけた、美味しいコト。。。」で日々の食事メニューを発信中。

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