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きょうも田畑でムシ話【145】

2025年4月 8日

クモ――無視されがちの個性派隣人  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 行き当たりばったり、計画性なしの自然観察なので、その時々で気になる生き物はいろいろだ。暖かくなると出会いもふえ、興味がわく虫や草木も多くなる。
 何年も同じようなことをしていると、散策路だって決まってくる。コロナ禍が落ち着いてからは、5ルートがおもな観察路だ。


tanimoto145_1.jpg そんな散策ルートのひとつとなる高架下道路の壁面には、よく目立つ白いふくらみがある。それがずっと気になっていた。だがまあそのうち調べようということで、得意のほったらかにしていた。
 そのふくらみに、先日ついに、きちんと向き合った。白いかさぶた状のふくらみから、放射状に糸が張られている。鳥が落としたふんと飛沫のようにも見えるが、おそらくはクモのものだろう。
 そう見当をつけ、ちらっと内部をのぞかせもらった。
 内側にはさらに小袋があり、1匹のクモが鎮座していた。
 三つほどある小袋もふっくらした感じで、卵のうだと思われた。子グモがふ化するまで、そうやって巣を守るのだろう。
右 :ずっと気になっていた白いふくらみ。クモの所有物だとは思いながら、ほったらかしだった


 初めて見たそのクモは、予想以上に美しかった。その場で名前を調べると、ヒラタグモだった。ヒラタグモ科のクモはこの1種だけだそうで、識別に迷うようなクモはない。
 その名の通り平べったいが、インパクトは抜群だ。背中の黒まだら模様がよく目立ち、絵柄を浮き彫りにしたカメオのブローチを思わせる。頭胸部はカニの甲らのような印象だ。
 ――カッコいいなあ。
 ひとめぼれだ。こんなことなら、もっと早くに対面すべきだったと後悔した。
 白すぎて周囲から浮いたような巣もあるが、多くは薄汚れ、まわりの壁に同化している。おそらく、外敵に見つかりにくくする作戦なのだろう。
 考えてみれば、なかなか賢い住まいである。雨風が当たらない高架下であり、天敵もそれほど入り込まない。クモが隠れるには、もってこいの場所だ。


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左 :ヒラタグモ。なかなか美しいデザインのクモである
右 :放射状に張りめぐらせた糸は「受信糸」。獲物がかかったのを知らせる


 巣から放射状に伸ばした糸は、「受信糸」と呼ぶらしい。
 ――ははあ、糸電話みたいなものだな。
 とっさにそう思ったのだが、彼らにとっては、えさにありつくための重要な通信機材なのだろう。どれだけの獲物がかかるのか知らないが、その糸を伝って、魚釣りでいうところのアタリを感じとる。それまで巣の中に居ればいいのだから、なかなかのアイデアだ。
 ヒラタグモは「ひらぐも」とも呼ばれ、平身低頭になるさまを「ひらぐもになって謝る」とたとえるらしい。そんなことも知らずにただながめていただけなので、申し訳なく思った。まさに、そうしたときにこそ使う言葉なのかもしれない。


 新たなクモとの出会いを得て、そういえばと思いだしたのがジグモだ。木の根元近くや建物の基礎部分などに袋状の巣をつくる。かつての悪ガキどもは、そのクモの習性を利用して腹を切らせ、「腹切りグモ」のあだ名を与えた。
 その気の毒なジグモが、梅の木やウグイスともかかわるとは知らなかった。
 「ウグイスの粉」はいつのころからか、糞ではなく「粉」と表記されるようになった。いまはウグイスのものではなく、ソウシチョウの糞だとされる。そんな時代だから、ウグイスカグラの花はたびたび見ても、ウグイスをじかに見ることは難しい。散歩の途中で鳴き声を聞くことはできるので、それがかなえば幸運な日だと思うことにしている。


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左 :ウグイスは見ないが、ウグイスカグラの花は見る機会が多い
右 :雨がよけられて乾燥気味の好適地には、ジグモの巣がいくつもできる


 そのウグイスとジクモが、ヘンなことで結びつくのだ。たまたま読んだ冊子に、「梅にウグイス。ウグイスとくれば、ウメクンガの幼虫だ。ウグイスはその虫を盛んに捕食し、ついでに木の根元のジグモをついばむ」といったことが書いてあった。
 ミノムシの皮細工が珍しくなかった時代には、蓑の中にいるミノガの幼虫を和鳥のえさにした。それくらいは知っているのだが、和鳥の一種であるウグイスが「ウメクンガの幼虫」を好んだというのである。
 と言われてもピンとこない。
 はて、「ウメクンガ」ってなんだ?

tanimoto145_5.jpg 良い機会なので調べてみると、どうやらウメスカシクロバのことだった。見たことはないものの、梅だけでなく、桃や桜にもよく寄生するらしい。漢字では「梅薫蛾」と記す。といっても体から芳香を発するわけではなく、寄生する樹木の花の香りに由来する呼称らしい。
 写真を見て説明文を読むと、「ウメクンガ」は毒針毛を持つようだ。それでなくても見るからにアブナイ感じがするから、できれば友達になりたくない。
 次に成虫の写真を見て、「ん?!」となった。なじみの蛾でいうと、タケノホソクロバの成虫に似ている。
 それもそのはず、同じマダラガ科の蛾だった。ホタルガ類も同じ科に属するが、「ウメクンガ」を知ったことで、注意するケムシがまたふえた。気をつけることにしよう。
右 :タケノホソクロバ。「ウメクンガ」ことウメスカシクロバも、同じマダラガ科に属する


 「ウメクンガ」は、和鳥を飼う人たちの間ではよく知られていたらしい。ウグイスの鳴き声をよくするのに食べさせたそうだが、和鳥を飼うには飼育の許可が要る。しかもいまは、特別の理由がない限り許可されないそうだから、「ウメクンガ」がウグイスの好物だということもそのうち忘れられるのだろう。ましてや木の下にいるジグモなんて、気にもしてもらえない。
 生き物ばなしが好きな者にとっては残念だが、ジグモはほっと一息ついていよう。もしかしたらそれで、わが家にジグモ帝国を再興してくれるやもしれぬ。ジグモばかりか、かつては庭のあちこちで見られたキシノウエトタテグモもめっきり見なくなった。
 狭い庭だし、庭木も園芸植物もほとんどない。家庭菜園らしきスペースはあるが、たいした野菜は育てていない。そんな庭だから、クモといってもそんなに多くいるとは思えない。だから、ジグモやキシノウエトタテグモがいなくなるとさびしい。
 庭ではそのほかにササグモ、クサグモ、ジョロウグモ、シラヒゲハエトリ、ネコハエトリ、アリグモ、デーニッツハエトリ、ウヅキコモリグモ、ハナグモ、アズチグモなどを見た。といってもこの地に引っ越してきて二十数年の間に見たものだから、一度にみられる種数は限られる。


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左 :キシノウエトタテグモ。穴の中で暮らす古いタイプのクモだとされている
右 :アリグモ。アリに似すぎると、「ジャンピング・スパイダー」ことハエトリグモなのに、跳躍力が落ちるらしい


 ハエトリグモの一種であるアリグモは、アリに擬態しているといわれる。多くのクモは頭胸部と腹部に分かれるが、アリグモは昆虫かと見まごうばかりの3パーツ構成だ。そこまでまねるのかとツッコんでみたくなるが、昆虫界最強といわれるアリの威を借る作戦として、一応は成功している。
 ところがその体形になったため、「ジャンピング・スパイダー」と呼ばれるほかのハエトリグモのような跳躍力は望めない。しかもアリに似た感が大きいほどジャンプが苦手で、えさを捕る能力も劣るという。
 アリに似るばかりに、アリを捕食するアオオビハエトリなどに襲われる可能性もある。アオオビハエトリは自分たちと同族のハエトリグモだと考えると、そうなったアリグモは気の毒だ。
 人間界では、外来種のヒアリ騒動が起きた。その際にはヤガタアリグモがヒアリと間違えられ、大量に駆除されたと聞く。そうなるとまたまた気の毒に思えてくる。そんなこともあって、アリグモからはしばらく目が離せそうにない。


tanimoto145_7.jpg いま関心があるのは、アリグモの仲間と葉っぱに雑な巣をつくるハグモだ。
 木の葉に網を張ることから、「葉グモ」と命名されたらしい。「ディクティナ」を学名とするハグモ属というグループがあり、「ディクティナ」が網を表す。その属名に猫を意味する「フェリス」が付くと「ディクティナ・フェリス」となり、和名のネコハグモとなる。
 そのクモは、なんとなく猫の毛並みを思わせる。三毛猫とはいかないが、そんなイメージに近い。
 猫はこたつで丸くなると歌う。それならネコハグモも、葉に網を掛けて体を丸めるのか?
 ネコハグモの体長は5mm程度だから、ローガン人間が肉眼で観察するのはつらい。それでも写真に撮って拡大すれば、柔らかな毛並みが拝める。
 それにしても雑な網だ。糸を葉に数本引っかけただけの粗末なものもあり、「ボロ網」と呼ばれる。それでよくまあ、獲物が捕まえられるものだと感心する。
 クモは面白い。身近にいるのに知らないことが多いから、それだけ楽しめる。しかも農業に役立つものも多いのがうれしいなあ。
右 :もぬけの殻だったが、ネコハグモ宅と思われるクモの巣。雑な編み方だが、巣そのものはしっかりしている

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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