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2025年2月10日
ミミズ――寝耳にミミズで〝農振とう〟?
ミミズが気になってしかたがない。農業との結びつきも強そうだから、機会あるたびに話題にしてきた。しかし、ミミズと農業はどんどん遠ざかっているのが現実だ。
広い畑で大量の作物を育てようとしたら、機械の力を借りなければならない。土が固まらないように、しっかり耕すことも必要だろう。そうやってまじめに取り組むほど、ミミズの生活の場は荒らされる。体だって、ちょんぎれる。
そうでなくても近年は、土を使わない農業が増えた。養液栽培がわかりやすいが、土のない環境で野菜を育てるのだから、ミミズの入り込む余地はない。そうした生産現場が増えれば、ミミズに遭遇する場面はもっと減るだろう。
右 :養液・水耕栽培のように土を使わない農業が広がると、ミミズとは疎遠になる
「ミミズかあ。そういえばガキのころはよく、山ミミズに追っかけられたなあ」
「山ミミズ?」
「ぶっとくてデカいミミズでな、青光りしてたよ。それが山の上から、オレを追いかけてくるんだ。あれは怖かったなあ」
その特徴から想像するに、シーボルトミミズのようである。太さ1.5cm、長さ45cmという大物も記録されているから、タダモノではない。
過去に出かけた山で、何度か見たことはある。だが、ふだんの生活圏には存在しないミミズだから、そうした体験談が話せる人がうらやましい。
それでも幸運なのは、1970年代に盛んだったミミズ産業の様子を見たり聞いたりできたことだ。米国は再登板となった大統領の話で持ちきりだが、ミミズ養殖のはしりの時期には、ジミー・カーター第39代大統領のいとこの話で大いに盛り上がった。
古い棺桶を利用して飼い始めたミミズが年間1500万匹にもなる養殖ビジネスにつながったという逸話が日本にも伝わり、それならホンモノのもうけ話だろうとばかりに、にわかミミズ業者が誕生した。ピーク時には全国に3000社もあったといわれる。
ところが、ミミズの機嫌をとるのは意外に難しい。夜になると逃げだし、業者に聞いた通りの飼育をしたつもりなのに増えない。そんな例が相次いだ。専門知識の裏付けがない中で始めた業者が多く、試行錯誤しながらの販売だったのである。失敗談だけが増え、ブームはしぼんだ。
左 :久々に遭遇した巨大ミミズ。シーボルトミミズではないが、かなり太かった
この昭和の話には、続編があった。ここへきて再び、ミミズが注目されているようなのだ。
いくつかのネット情報によると海外のミミズ関連ビジネスが拡大しつつあり、農業の現場だけでなく、一般家庭にも入り込んでいる。飼育容器と手始めに飼うミミズ、解説書などがセットになって販売され、成功事例が喧伝される。
その波は、日本にも押し寄せてきた。有機農産物や持続可能な農業への関心が高まり、ミミズ養殖市場の未来は明るいというのだ。半世紀も前の出来事を知る人も少なくなった。
最近は、家庭から出る生ごみを減らし、堆肥として活用しようと多くの自治体が呼びかける。生ごみ処理機を購入したら費用の一部を助成する例も多くなった。そのコンポスト容器に投入されるのがミミズたちだ。
取り組み自体を否定する気はないし、環境教育にミミズを取り込むことには賛成だ。教育現場でミミズを飼い、生ごみの処理や生き物の生態について学ぶのは悪くない。
必要なのは、基礎的な知識だろう。雌雄同体の生き物であることは小学生でも知る時代だが、生きているミミズにふれた経験のある人間は驚くほど少ない。そもそもミミズを見かけないし、いても見ようとしない。情報だけは昭和の業者よりも多く手にしているかもしれないが、実物を知らないと飼育は難しい。
右 :家庭の生ごみ処理に、こうしたミミズコンポストを使う人もいる。蛇口からは、価値あるミミズのおしっこが出る
中国から伝わったミミズを表す漢字は、「蚯蚓」だ。その字面からは、丘を引く虫のようなイメージが伝わる。
「なるほど、なるほど。ミミズの力は偉大だから、丘を引っ張るくらいの底ぢからがあると考えたのだな。さすが大陸的な発想だわい」
よく考えず感心したのだが、実はそうではなかった。
「蚯蚓という漢字なあ、あれはミミズが丘のように動くさまを表したものらしいで」
親切にも教えてくれる人がいて、聞いたときにはあぜんとした。
それはつまり、尺を取るように進む尺取虫と同じような解釈だ。大和の国をトンボのとなめ(交尾)せるがごとしと例えた神武天皇の発想と同じではないのか。蚯蚓という漢字の解釈は、まったくの勘違いだった。
ミミズにはほかに、「土龍」「赤龍」「地龍子」といった漢字も使われる。ミミズの乾燥品が「地龍」と表現され、熱さましの薬になることは知っていた。しかし、手にした本には「土龍」がミミズであると記されていたので誤植だと思ったのだが、そうではなかった。日本で「土龍」と書けばモグラのことだが、かの中国ではミミズを指すらしい。それさえ知らなかったのだから、ひとのことは言えた義理ではない。
左 :干からびたミミズ。薬用の「地龍」もこんなふうにぺしゃんこだ
右 :このミミズはわかりやすい。ミミズはなるほど、輪がいくつも連結した環形動物の一種だと納得する
つるんとしてだらーんと伸びたように見られがちのミミズだが、実際には1本のゴムひものような体ではない。環形動物のグループに入ることからわかるように、輪を連ねたようないくつもの節で構成されている。そして体には意外にも剛毛が生えていて、その毛の出し入れによって移動が可能になる。
すると今度は前進あるのみの動きを想像しがちだが、ミミズさんはバックだってうまいのだ。
あれまあと思うことは、まだある。
東洋人は見た目や動きに着目し、「蚯蚓」や「土龍」といった漢字でミミズをとらえた。ところが西洋では、「大地の虫」「地球の虫」「大地の腸」などとたとえる。いずれも、ミミズの働きに着目した表現だ。
昭和のミミズ養殖が失敗したのは、西洋的な見方が欠けていたからかもしれない。もう少しだけ働きに目を向ければ、その偉大さがより理解できたはずである。
体験から言えることがあるとしたら、まずは卵を見ることだ。正しくは「卵包」と呼ぶ、卵のカプセルである。
ミミズの産卵法は変わっていて、おしりからではなく、タートルネックのセーターを脱ぐように、頭の上でレモン形の袋をつくる。それが卵包となり、種によってはひとつの卵包から数匹の幼体が生まれる。
その卵包を見れば、おしりから産卵する生き物が多い中、ミミズがいかに特殊能力の持ち主であるかに気づかされる。しかも雌雄同体の体なのに、ちゃんと相手を見つけてから産卵の儀に移るのだ。それだけでもタダモノではない。
右 :ミミズの卵包。初めて見たらきっと、感動するにちがいない
こうしたミミズの話、とくに養殖がらみの話をする場合には、魚釣りによく使うシマミミズを指す。コンポストに入れるのもシマミミズの仲間だ。
「魚といってもいろいろだ。ウナギを釣るならドバミミズで決まりだ」
そういう釣り人も多い。ドバミミズというのは方言名で、一般には「フトミミズ」と呼ばれる大型種だ。
家庭から出る野菜くずを処理するなら、シマミミズ類でいい。だが、畑で働いてもらうなら、フトミミズだろう。一度に大量に増やすのは難しいかもしれないが、環境が整えば、居ついてくれる。
そのためには畑を耕さず、堆肥の上に落ち葉などをかぶせた二重被覆がいいそうだ。もちろん、化学物質は持ち込まない。
そうしておくとフトミミズが現れるのは、確かだ。それなのにいざ増やそうとすると、思うようにはいかない。
左 :ウナギの絵馬。ウナギは虚空蔵菩薩のお使いとされるから、太くて栄養のあるフトミミズをごちそうしたくなる?
右 :生ごみ処理には、フトミミズではなく、シマミミズの仲間を使う
フトミミズときたら、どうしても話したくなるネタがある。英国や米国では100年以上も前から、伝統的なフトミミズ捕獲法が知られているのだ。英国にはフトミミズを決められた時間内でどれだけ捕まえるかを競うイベントまである。
一般には「ワーム・グランティング」と呼ぶようだが、そのやり方がふるっている。地域によって多少のちがいはあるものの、要は木の棒をフトミミズがいる地面にぶっ刺し、別に用意した棒でこすったり、棒の頭を金属で巧みにこすったりして、音を出すのだ。
聞きようによってはウシガエルの鳴き声に似たものもあるが、音でフトミミズを誘いだそうという作戦ではない。地面に刺した棒を通して振動を伝え、それに反応して地上に飛び出すフトミミズを捕まえる。その熟練の技による捕獲と販売で生計を立てるような人たちは「ワーム・グランター」とまで呼ばれているという。
なんとまあ、すごいことではないか!
そんなことを知ったときには驚いたが、長年にわたってミミズの研究をしたチャールズ・ダーウィンは早々とその不思議な行動に着目し、棒がもたらす振動をモグラの襲撃と勘違いしているのではないかと推理した。
「いやいや、そうではない。雨音と間違えて飛び出すにちがいない」
といった見方をする学者もいたが、その後の実験により、棒をこすることで生じる振動がモグラがもたらす振動と近いものであることが科学的に証明された。うまくすれば、棒を地面に刺して振動を起こすだけでも地上に出てくるとも聞いた。
そうきたら、さっそく挑戦だ。「ワーム・グランター」にはなれなくても、ウナギ釣りのえさぐらいは採集できよう。
庭の雑草を放り込んだ穴ぼこに棒を刺し、別の棒で振動を起こした。夏の間は枯れ草をよけるだけで何匹も現れたから、わがワーム・グランティングに恐れをなしたフトミミズがすぐに出てくるだろう。
ところが――。
何も出てこない。
悔しくて少し掘り起こしたが、1匹もいないようだ。
種類によって生態が異なるようだが、寒い時期には卵でいるものが多いようだ。
せっかくの挑戦だったが、判定不能のまま、ほかの課題とともに、わが頭の中のメモ帳に埋もれることになった。
ヤマシギの仲間はダンスを踊るようにして振動を起こし、慌てて出てくるミミズを捕獲する。鳥にだってできるのだから、時期がよろしくなかったということにして、フトミミズとの付き合い方はまた考えることにした。
右 :あたり一面にミミズのふん塊。これだけいるなら、ワーム・グランター気取りで、地面から飛びださせてやりたい
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。