MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2024年11月 8日
トリバガ――小さき者の大きなたくらみ
このごろよく、「ポイ活」ということばを耳にする。
商品を購入すると、さまざまなポイントが付いてくる。さあ皆さん、どんどんためて活用しましょうといったことだろう。
そのポイントが、アルファベット1文字だから困ってしまう。TだとかVだとかいわれても、何が何なのか、ちんぷんかんぷんだ。
以前はTシャツ、Yシャツ、Gパンぐらいだった。GパンはなぜGだったのか思い出せないが、その呼び名自体がジーンズやデニムに変わったから、もはや悩む必要もないのだろう。
虫でいえば、T字形をした蛾がいる。ヒトよりもずっと前からそこらを飛んでいた、トリバガ科というグループに属する小さな蛾である。
あるとき、道路わきのフェンスにからまるヤブカラシが目にとまった。 どこにでも何にでもからみつき、どんどん陣地を広げるつる草だ。藪を枯らすくらい勢いがあるという意味の名前だろうが、「貧乏かずら」も英語の「ブッシュ・キラー」も相当にインパクトのある表現だ。
覆われる側にとっては迷惑な植物だが、当のヤブカラシは貧乏どころか繁栄著しい大金持ちのような存在である。自分で自分の首を絞めるようなことはせず、つるを伸ばしてふれたところがわが身だと気づくと、巻き直すらしい。
左 :どこにでもからみついて繁殖するヤブカラシ。「貧乏かずら」とも呼ばれる
右 :いかにも蜜がたっぷりありそうなヤブカラシの花。花びらも雄しべも落ちたあとは雌しべが燭台のろうそくのように立ち、「花盤」と呼ばれる
元気すぎるつる草なのに、その一つひとつの花はなんともかわいらしい。
4枚の花びらと4本の雄しべはすぐに落ち、燭台に立つ1本のろうそくのような雌しべだけになったものが目につきやすい。
それは「花盤」と呼ばれるが、小さいわりに蜜をたっぷりたくわえたカバンなので、虫たちに人気がある。小さくても数が多いから、チョウやハチ、アブなどが次から次へとやってくる。
そんなヤブカラシに乗っ取られたフェンスに、トリバガの一種がいた。小さな蛾だから見のがしていた可能性もあるのだろうが、ヤブカラシではノーチェックの蛾であった。
1匹だけなら、「ああ、いるな」ぐらいで済ませた。ところがその日は、目の端を何匹も飛び交うため、思わず「あれれ」となった。
名前に「鳥」と付く虫なら、トリバネアゲハの方がずっと有名だ。手のひらからはみだすほど巨大なチョウだから、同じ「鳥」の名を持つ虫とはいえ、月とスッポン、天と地ほどの差がある。
左 :ヤブカラシの花のまわりを何匹ものトリバガが飛んではとまり、また飛び立つことをしていた。コブドウトリバと思われる
右 :ゴライアストリバネアゲハの標本。トリバガと同じよういに「鳥羽根」の名を持つが、巨大すぎる!
トリバガの仲間はどれも小さい。 はねを広げても、1cmあるかどうかだろう。
それでも印象に残りやすいのは、T字形になって花や葉にとまるからだ。
小さいゆえの悩みで、写真撮影には根気が要る。それなのにそのヤブカラシには、何匹もいるではないか!
そう思ったとたん、心が動いた。目の前を何匹も行ったり来たりするのだから、なんとかなるだろう。
カメラを構えた。ピント合わせには苦労するが、数は多い。あちらがダメでもこちらがある。
はね面積の小さいT形デザインなのに、よくまあ飛べるものだ。オカモトトゲエダシャクも破れたようなはねしか持たぬが、トリバガに比べればずっと面積がある。
トリバガが空を飛べるのは、クマバチと同じくらい不思議に思える。丸々と太ったクマバチは、航空力学的にはとても飛べるとは思えない。しかし、何の苦もなく飛んでみせる。
左 :オカモトトゲエダシャク。この蛾もはねが細く見えるが、トリバガの比ではない
右 :体のわりに小さなはねのクマバチ。それなのにどうして、あんなにすばやく飛べるのだろう
レンズを通して見たそのトリバガはどうやら、コブドウトリバのようだった。ヤブカラシによく集まるということを、後になって知った。
ヤブカラシはいやというほど見ている。タネをつける2倍体と3倍体の2タイプがあり、西日本には2倍体が多いが、東日本には少ないと聞いていた。それでタネが見たくて探し回った時期もあるのに、トリバガに出会った記憶はない。ということはまあ、いつものように見のがしが多かったのだろうか。
それにしても、コブドウトリバという名前はまぎらわしい。
ブドウトリバという種があるから、コブドウトリバは「小さな」「ブドウトリバ」だとばかり思っていた。ところがそうじゃないよという意見を耳にし、迷ってしまったのだ。
いわく、胴体に当たる部分がこぶ状になっている、したがって「こぶ」「トリバ」と読まねばならない、と。
その理由も聞けば、それはそれで一理ある。
動植物名は、その特徴をもっとも表しているところに着目して付けるべきであるといわれるからだ。
としたらコブドウトリバで目立つのは、胴体部分である、と。
サイズの大小に目を向けるのはいいが、それは最優先すべきことではあるまい、と。
右 :胴体が太いといわれれば、そうも見える。でもブドウトリバより小さいからだといわれれば、それもまた正しいような......このコブドウトリバに聞いてみたい
なんとなくうなずけるものの、カメラのレンズの力を借りてやってことさ認識できる小さな蛾なので、その体のこぶなんて、すぐにはわからない。
いっそのこと、「コブトリトリバ」とでもしておいてくれれば、わが身に照らしてもわかりやすい。
そもそもが小さな蛾のグループだ。コブドウトリバはグループの中では最小の種だというから、ブドウトリバよりさらに小さいという意味だと納得しやすい。それなのに、こぶがあるとかないとか言われるとショージキ者は混乱する。
左 :これはブドウトリバ? トリバガだけど、T字形になっていないね
右 :1cmほどのコブドウトリバ。小さいけれど、T字形になる独特のとまり方でトリバガだとわかる
とまあ、素人だからナンでも言ってしまうが、正解はどっちなんだろうね。
それはそれ。後で知ってもっと驚いたのは、そのT字形のはねの仕組みだった。
細いT字ばねで、どうやって軽快に空を飛ぶのか。目の前で飛ぶところを見ているのに、さっぱりわからない。
もう少しの探求心があればいいのだが、不思議だなあ、よく飛べるなあ、というくらいでオシマイにしていた。
ところが標本になったコブドウトリバのはねを見ると、なんともオドロキの構成になっていることがよくわかる。
蛾だから、前ばねと後ろばねに分かれる。
自分の目では「T字形のはね」としか認識できなかったが、標本写真によると、前ばねの先3分の1ぐらいがふたつに分かれているのだ。
そして後ろばねはというと、根元あたりから3分割されたようになっている。
それらをまとめて表現すると、まさに鳥の羽根のようなのである。
「だから、トリバガなのかあ」
そんな当たり前のようなことが、ちっとも認識できていなかった。
T字形の小さな蛾がいます。その見た目は、鳥の羽根のようです――そんな説明を聞いて以来ずっと、それ以上考えることなく生きてきた。知らないことがあるのは楽しみが多いことでもあるが、知ってみればその何倍も楽しく、うれしい。
トリバガよ、ありがとう!
感謝しつつ、「こぶ」よりも「小さい」よりもさらに気になったのが、あしのトゲトゲだ。
昆虫だから、あしは6本でなければならない。コブドウトリバにはやたらとあしが多いように見える。
それはトゲトゲ効果とでも呼びたくなるもので、小さな体にくっつく細いあしに長いトゲが生えている。
それがまた気になって仕方がない。トゲだと見るなら、何かの防ぎょに役立つのか?
後ろあしは花や葉に接地せず、浮いたような感じにしている。もしかしたらそこらに謎を解くカギがあるのかもしれないが、あし揚げならぬお手上げである。
右 :とまり方はともかく、コブドウトリバの後ろあしの長いトゲトゲはなんのためだろう?
コブドウトリバは、なんとなく蚊を思わせる。ぼんやりとながめていたら、「ああ、蚊がいるぞ。刺されないように気をつけるべ」といった思考になる。
と考えると、もしかしたらコブドウトリバさんは、吸血昆虫を装うことで身を守ろうとしているのだろうか?
1cmほどのなんとも小さな蛾なのに、そんなたくらみがあるとしたら、それはそれで大きなオドロキなのだが、さて、ねえ。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。