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きょうも田畑でムシ話【134】

2024年5月 9日

ナミテントウ――カラスノエンドウとの微妙な関係  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 いつかそのうちと思いながら、手をつけずにいるものが多い。
 自然観察をする中でふと疑問に思ったことをそのままにしてはいけない、すこしでも答えに近づくべきだ......なーんて殊勝にも思うのだけど、雑事に追われてついつい忘れてしまう。


 そのひとつが、春から初夏にかけてよく見るテントウムシとカラスノエンドウ(ヤハズエンドウ)の関係だ。
 カラスノエンドウにはたいてい、アブラムシがついている。しかも、その数がハンパではない。あっちにもこっちにも、まさにうじゃうじゃとしがみつき、音こそ聞こえないがチューチューと甘い汁を吸っているのだ。


tanimoto134_1.jpg  tanimoto134_2.jpg
左 :カラスノエンドウに寄生するアブラムシ集団。狭い所にかたまらなくてもよさそうなのに分散しないのは、集団でいるメリットがあるからだろう
右 :アブラムシのお産。幼虫は、いわゆる逆子の状態で出てくる


 あまりの多さに、アブラムシ軍団とでも呼びたくなる。しかしオスの集団ではなく、すべてメスだ。甘い汁を吸って、いやいや、吸いながら次々と出産する。卵ではなく、親を小型にしたような幼虫で、それらも全部、メスときている。
 メス親が単独で子虫を産み、その子も4回ほど脱皮してすぐ成虫になる。そして親がそうしていたように、子虫をポコポコ産む。
 卵から幼虫になる時間を省き、さなぎでじっとしている時間をカットする。不完全変態の昆虫だからといえばそれまでだが、最近の言い方をすれば、なんともコストパフォーマンスの良い成長サイクルである。


 カラスノエンドウの立場からすると、とんでもないヤツらだろう。なんとかして、災難から逃れたい。そのために何ができるかを考えた結果かどうか知らないが、ボディーガードとしてアリを呼び込む作戦を思いついた。そこで重要な役割を担うのが花外蜜腺だ。
 植物の蜜は多くの場合、花から出る。ところがカラスノエンドウやサクラ、ゴマなどは別の場所からも蜜を出すことが知られている。カラスノエンドウは葉の付け根あたりにある托葉に花外蜜腺があり、そこから甘い汁を出してアリを呼び込む。
「花まで行かんでも、ここにも甘いモンがありまっせ」
 そんな無言の呼び込みが功を奏し、アリがやってくる。
 それくらいなら、確かめるのも難しくない。それなのについつい先延ばしにしてきたのだから、われながらあきれる。


tanimoto134_3.jpg その簡単な確認作業を、ことしはさっそくしてみた。
 うん。確かにある。
 アリが寄ってきて、花でもない托葉のところにある黒っぽい部分をなめている。
 しかし、そこが本当に甘いのか?
 ちょろっとなめてみれば確かめられるはずだが、それもしてこなかった。
 で、舌をちろりと出してなめると......ん、そう言われればなるほど、甘みを感じる。アリはこの蜜欲しさにカラスノエンドウにやってくるのだろう。
右 :カラスノエンドウの蜜腺。数種のアリの甘味処になっている


 ボディーガードになってもらうための報酬は、蜜として先払いした。
 ではアリは、その契約ならぬ〝蜜約〟を守ってくれるのか?
 それをまた、確かめねばならない。
 そう思ってカラスノエンドウを見ていると、アブラムシに近づくアリがいる。


 ――さては、アブラムシを追い出すつもりだな。
 と思ったら、それはちがった。
 アブラムシの別称として「アリマキ」も知られる。アリの牧、つまり牧場という意味である。実際にアリがアブラムシを囲っているわけではないが、アリがアブラムシを追い払うなんてことはなく、あの〝蜜約〟を破棄するがごとく、アリのおしりから出る甘露を受け取っている。表情は読み取れないが、おそらく涼しい顔をしてごくんごくんと飲んでいるのだろう。
 この時点で、カラスノエンドウの計画はとん挫する。
 アリは花外蜜腺の蜜もアリの甘露も享受する。おそらくは無数にいるアブラムシから受け取る甘い汁の方が、花外蜜腺の蜜よりもずっと実入りがいいはずだ。それに気づけなかったカラスノエンドウの読み違いということだろう。
 無尽ともいえるカラスノエンドウの汁を吸いとる、ドラキュラのようなアブラムシを排除する者はいないのか?


tanimoto134_4.jpg と、アブラムシのすぐそばにテントウムシがいるではないか。テントウムシは成虫も幼虫もアブラムシを食べる。
 もっともすべての種がアブラムシをえさにするわけでもないので、とりあえずはカラスノエンドウにいるナナホシテントウ、ナミテントウに限定しよう。
 この2種はアブラムシに敢然と立ち向かい、という表現は当たらないが、せっせとアブラムシを食べるのは確かだ。
 アブラムシはほとんど無抵抗。もしかしたら体をかじられていることにさえ気づかず吸汁に没頭しているようなアブラムシを、次から次へと襲う。
 カラスノエンドウにとっては、アリではなくテントウムシこそ救世主だったのだ。
 だが、それくらいのことはとりあえず知っていたし、すでに何度も目撃している。そしてある疑問が浮かんだのだが、それをずっとほったらかしにして、確かめずにいたのだ。
上 :アブラムシを見つけて近づくナミテントウ。アブラムシは夢中になって汁を吸っている


tanimoto134_6.jpg カラスノエンドウには、アブラムシがうじゃうじゃといる。
 そして、テントウムシの成虫も幼虫もよく見かける。どちらもアブラムシを捕食しているのは幾度となく見てきた。
 そこで疑問がわいたのだ。成虫のテントウムシがたくさんいて、カラスノエンドウの葉の上で交尾しているシーンもよく見る。
 としたらそのあと、テントウムシはその場で産卵すればいいはずだ。職住近接とは人間界のことばかもしれないが、テントウムシだってそうする方がメリットが大きいはずである。
右 :カラスノエンドウの葉の上で交尾をするナミテントウムシ。すぐ近くにいるアリがちょっかいを出している?


 それなのになぜか、カラスノエンドウでテントウムシの卵を見ない。多くは木の幹とかほかの植物とか、カラスノエンドウ以外に産卵されている。
 卵からかえった幼虫は自分で食事を調達しなければならない。だったらすぐそばに食べるものがあれば、まことに都合がいいではないか。
 と、ものぐさ凡人は考えるのだが、その前にまず、テントウムシは本当に、カラスノエンドウへの産卵を敬遠するのか、という疑問を解きたい。
 そしてようやく、重い腰を上げたのだ。
 カラスノエンドウはやたらと目につく。いつもの散歩道を歩けば、視界からカラスノエンドウを除外して前に進むことができないほどに群生している。あとは、しらみつぶしに見てまわるだけである。


tanimoto134_5.jpg「きれいに咲いていますね。いい写真が撮れましたか?」
 犬を連れた年配の婦人に声をかけられた。
「あ、いや、虫を撮っているんです」
「どんな虫ですか?」
 まあ、知りたくなって当然だ。
「アブラムシです。いっぱいいるので......」
 この答えで良かったのかどうかわからないが、婦人は「そうですかあ」とだけ言い残して、ワンちゃんと去っていった。
 それでいいのだ。アブラムシを見ている変人に関わって、いいことはない。
左 :アブラムシにかぶりつくナナホシテントウの幼虫。こうなるもはや猛獣だ


 アブラムシがいればテントウムシもいることは、これまでの観察結果となんら変わらない。ちょっと気になったのは、成虫はナミテントウが主流派なのに、幼虫となるとナナホシテントウがほとんどだ。だがそれは、観察する時期も関係するのだろう。


 ということで何組ものナミテントウのカップルを目にしたが、探し求める卵が見つからない。
 ふつうに歩けば30分はかからない距離を3倍の時間をかけて歩いた。
 カラスノエンドウはとぎれることなく出現するので、卵もあっていいはずだ。それなのに、見つからない。


tanimoto134_8.jpg 珍しく真剣に探した結果、3個の卵塊が見つかった。そのうち2個は葉の裏にあり、もう1個は花の根元あたりだった。
 テントウムシがカラスノエンドウに産卵することはこれで確かめられた。日を改めてまた調べれば、まだ見つかるのだろうが、根がズボラなので、まずは良しとしよう。
 テントウムシは、カラスノエンドウに産卵することもある。
 知りたかったこと、知ったことは、ただそれだけだ。
 心地よい初夏の風が頬をなでた。
右 :カラスノエンドウの葉の裏に産んであったテントウムシの卵。やっとのことで見つけたうちのひとつだ

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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