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きょうも田畑でムシ話【133】

2024年4月 9日

ヤマカガシ――目立ちすぎて見のがし?  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 日増しに暖かくなるのは春の特権だ。四季それぞれに魅力はあるが、多くの人々に春ほど歓迎される季節はないだろう。


 ヘビ
 ――長すぎる。


 春になるとなぜだか、ジュール・ルナール著す『博物誌』のヘビの項が頭に浮かぶ。簡潔で、思い切りがいい。伝えたいことがしっかり伝わる。
「まさに、おっしゃる通り。見事なものです」
 と賛辞をおくりたくなる名キャッチコピーにも思える。
 この『博物誌』にはまだまだすごいものがあるが、「ヘビ」ほどインパクトを与えるものはない。
 ところが、「ヘビ」が秀逸なせいか、その直前に「ヤマカガシ」があるのを長く、見のがしていた。


 ヤマカガシ
 ――いったい誰の腹から転がり出たのだ、この腹痛は?


 わが家の本棚にある『博物誌』は1954年発行だから、そのころのヤマカガシは毒ヘビ扱いされていなかったはずだ。70年代後半になって初めて、強力な毒を持つと認められたように記憶している。
 若いころには、こう聞かされた。
「涙には毒があるけどな、それに気をつけりゃ、なんてこともないヘビさ」
 ヘビが泣くのかなあという素朴な疑問はわいた。だがしかし、かまれたらその日ばかりの命というのが名前の由来とされる無毒のヒバカリと同じように、ヤマカガシは見かけ倒しならぬ名前倒し(?)のヘビだと認識していた。
 ところがいまや、強力な毒を持つヘビとして知られる。黒と赤を基調にしたデザインのため、猛毒ヘビだと思って見ると、急におそろしく見えてくる。


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左 :ヘビは長い。しかも細いから、隠れるのもうまい
右 :ヤマカガシ。むかしは涙にだけ気をつければ平気だといわれたけれど、いまは猛毒ヘビに格上げだ


 桜が咲くころになれば毎年、そこかしこでヘビに出くわした。
 田んぼや畑を歩けば、するするにょろにょろと道を横切り、「あらまあ、ごめんあそばせ」といった感じでそそくさと草むらに消えていく。それが個人的には春の風物詩のひとつにもなっていた。
 それはともかく、『博物誌』のヤマカガシの腹から転がり出た腹痛は産卵によるものだろうか?
 もしかしてルナールさんは、ヤマカガシがマムシのような卵胎生のヘビだと勘違いしていたのかしらん?
 仮に子ヘビを産んだとしたら、なんとなくお産の苦しみをあらわしたように思える。だが、「転がり出た」とあるため混乱するのだ。子ヘビなら、にゅるっと出ると表現しても、転がるといった言い方をしないのではないか?
 それにそもそも、ヤマカガシって、日本の固有種ではなかったっけ?


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左 :オーストラリアの動物園で見たズグロニシキヘビ。フランスのルナールは見ていないと思うけど、長くて堂々としていて、心ひかれる
右 :細長いからだを生かして身を隠しながら進むヤマカガシ。なんとも、ご立派!


 あらためて手元の本を見ると、ヤマカガシの項のトビラに当たるページにはフランス語で「レ・クレバ」という横文字だけが印刷されている。そして次のページに、ヤマカガシを紹介するくだんの文章があらわれる。
 さらに次のページにはピエール・ボナールの手になる全身が黒っぽいヘビの絵と「ル・セルパン」の文字が載り、そのまた次のページに「長すぎる。」とある。
 「ル・セルパン」はヘビの総称で、毒のあるなしにかかわらず用いるようだ。したがって「長すぎる。」は、ヘビ一般について表現したのだろうと推測できる。
 ヘビが長いのは認める。そしてヘビ全般のイメージを伝えようと「長すぎる。」としたなら、その前にわざわざ、あやしげな「ヤマカガシ」まで載せなくてもよかったのではないか。
 ヘビと同じように細身でそれほど長くないトカゲならともかく、素人から野暮な疑念を抱かれないようにしてほしかった。もっとも、トカゲはヤマカガシやヘビよりも前に登場していて、壁とのしゃれた会話をしているのだが......。


 それはともかく、この「ヤマカガシ」に疑問を抱く人はやはりいるようで、その考察文を見つけるとうれしくなる。ヤマカガシの腹痛はもしかしたら、訳者が文章化に際して味わった苦痛ではなかったかと思いたくもなる。
 子どものころ飼っていた小鳥は何度か、卵づまりを起こした。ヘビでも同様の現象が起きるそうだから、素直に卵づまりのヤマカガシのことを描いたと思えば問題はないのかなあ。
 でもまあ、これ以上ツッコんでもしかたあるまい。
 すっきりさせたいのは、ヤマカガシはマムシのような卵胎生ではなく、卵を産むヘビであるということだ。腹痛が起きたなら、便秘だったのかもしれぬ。


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左 :産卵が近いヘビ? いやあ、どうも食べすぎみたいだぞ
右 :交通事故にあって、長くはなくなったヤマカガシ。横断歩道だったのにね


 「ヤマカガシ」の件はともかく、「ヘビ」はとにかくすばらしい。「長い。」とせずに「長すぎる。」とした点で、もう脱帽だ。
 へビは古く、「長虫」とも呼ばれてきた。縄文時代の遺跡からもヘビをかたどった土偶が見つかっているから、古代人もヘビと付き合いがあったことになる。ヘビの特異な体形や動き、神秘的なまなざしに神を感じたのだろうか。
 昭和の時代には、ヘビは弁財天の使いと考えた。ヘビの抜け殻を財布に入れておけばお金がたまると信じ、うれしそうに財布の中をのぞかせる友がいた。大黒様や打ち出の小槌に似ているというので、カラウスリのタネを財布にたくわえる人もいた。
 そうやって、あれもこれもと財布に入れたら、お金の入る余地がなくなってしまいそうだ。財布ばなしを聞くたびにそう思ったが、彼らの満足そうな顔を見ると、何も言えない。

 ヘビは財力だけでなく、農業の神でもあった。ネコの数とヘビの数のどちらが多かったのか知らない。だが、細いからだを生かしてどこにでももぐり込めるヘビなら、ネコには困難な場所でもするりと侵入してネズミに近づき、退治してくれたことだろう。だから田の神として、あがめられた。
 毒ヘビは怖いが、自然界で果たす役割を考えると、人間に害を及ぼさない程度に頑張ってほしい。虫が良すぎるとヘビに反論されそうだが、そう願う人も多かろう。
 ところが、現実にヘビを見る機会は減っている。絶滅が心配されるヘビもいて、姿は見ないけれどネズミを捕ってくれているはずだと思うのも虫が良すぎる。長虫を取り巻く状況をもっと知ってほしい、とヘビから言われてもおかしくない。


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左 :日本にいるハブは3種だったのに、最近はタイワンハブも混じるようだ。これはヒメハブだと思うけど、どうだろう
右 :自販機近くの「ハブに注意」の看板。のどが乾いたら近づくかもしれないから、要注意


 かと思えば沖縄県では、外来種のタイワンハブが増えている。「ハブとマングースの決闘ショー」などに使おうと持ち込んだものが逃げだしたり捨てられたりして、野外で繁殖しているというのだ。
 毒性は在来種よりも強く、現実に人的被害も出ている。農家にとっては、畑作業で出くわしたくないヘビだ。しかも在来種とは異なる食性だそうで、自然生態系への影響が心配される。
 外来種問題でよくいわれるように、一部の種は人間が意図的に持ち込んだことで困った事態を招いた。ヘビが好きというわけでもないのだが、長虫の行く末はなんとも気になる。末長く達者であってほしい。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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