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きょうも田畑でムシ話【132】

2024年3月 8日

タニシ――殻の中は「福」魔殿?  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 その国でないと なかなか理解できない食べ物がある。犬がそうだし、カエルもそうだ。 もっと身近なものでは、タニシ もそうかもしれない。
tanimoto132_1.jpg もっとも、少し前の日本なら タニシはそんなに 珍しい食材ではなかった。 現代でもたまに販売されているのを見るから、信州のざざ虫や蜂の子のように、地域を限定すればしっかりした食文化としてずっとつながっているのかもしれない。

「外国でもそうだけど、 近くに海がない地域にとってタニシは、 重要なタンパク源のひとつなんだよ」
 ある研究者に、そんな話を聞いた。
 田んぼから得られるのは、米だけではない。得られるものはとても多いので、まさに「田から」の宝物なのだと説く人もいるほどだ。タニシはその筆頭 だと言ってもいいように思う。
右 :以前ほどタニシは見かけない。だからなるほど、「田からのものは宝物」の声に納得する


 気になるのは、「ジャンボタニシ」の通称で知られるスクミリンゴガイ、ラプラタリンゴガイだ。和製エスカルゴとして売り出そうとする目論見は見事に外れ、あれよあれよという間に全国の田んぼに広がった。その一方で在来のタニシは減少しているから、ジャンボタニシが「タニシ」だと思う人もふえている。本家のタニシにとってはゆゆしき問題である。
 あらためて説明するまでもないだろうが、ジャンボタニシは「にせタニシ」だ。だれが言いだしたのか知らないが、淡水性のカタツムリだから、「ジャンボカタツムリ」でも良かった。しかし、何事も短く言いたがる風土だから、言いにくいなら「ジャンボマイマイ」でも良かったと思う。和製エスカルゴを目指したなら、カタツムリの仲間であることを堂々とアピールすれば良かった。
 でもまあ、どういう呼び方をしても、カタツムリを食べる習慣がこの国になかったのが計画の読み違いのような気がする。国産のエスカルゴをごちそうになったことがあるが、調理されたものは見た目にも安心感があり、フランスで食べたものに似た味がした。
 ジャンボタニシは、よく目立つピンク色の卵を産む。タニシは卵胎生だから、親によく似た子貝として体外に出る。親貝の上に乗るタニシの子貝を見ると、ほほえましく思える。


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左 :研究用に飼育されていたジャンボタニシ。キャベツを食べて、増殖していた
右 :ジャンボタニシは田んぼ以外にもいる。これはヒシの群生地で見た卵塊。派手なピンク色をしている


 農薬の使い過ぎや栽培環境の変化で減少したといわれるタニシだが、うれしいことに近所の田んぼでは、いまも見られる。迷路のように描かれた這い跡を見ると心がなごむのは、ノスタルジー大好きな〝昭和原人〟だからだろうか。
 それにしても タニシは、田んぼで何をしているのか。
 この単純に思えることが、じつはまだよくわかっていない。タニシがいると1割の増収になるとの研究報告もあるが、データ数はそれほど多くない。それでもタニシ好きの素人にとってそうした報告はありがたく、タニシを応援したくなる。


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左 :タニシが多い田んぼは、いない田んぼに比べ1割の増収になるという研究データもある
右 :タニシが通ったあとには道ができる。その軌跡も個性的だ


 メダカを飼う水槽に、タニシも数匹入れてある。なんのためにタニシを同居させるのかというと、まずはメダカを襲って食べる害貝にならないからである。
 そのうえでセコい飼い主が期待するのは、水の浄化だ。「水槽の掃除屋さん」の愛称も持つタニシだから、メダカのふんでも処理してくれたらいいなあ、何かの理由で死ぬメダカがいたら、それも片付けてほしいなあ、といった勝手な想像で同居を許している。


tanimoto132_6.jpg ガラス越しに見ていると、ゾウの鼻のようなくちでしきりにガラスの表面をかじっている。
 だが本当にかじるわけではなく、藻を食べているようだ。
 ゾウの鼻だと思っているうちはいいが、ガラスの向こうに見えるのは、理科の実験でいつか見た植物の気孔を思わせるような裂け目だ。その裂け目がパッと開いたかと思うとさっと閉じ、また開き、また閉じる。その繰り返しによって、藻を食べ、ガラス面をきれいにしてくれる。
 それがタニシの歯舌で、3列に並んだぎざぎざ歯の先っぽはくちの奥に向かって曲がり、削りとるようにして藻を食べる。
右 :触角の間に見えるタニシのくち。ゾウの鼻を思わせる


 そのさまを見るうちに、タニシのからだの中はどうなっているのだろうと気になってくるが、解剖してみても素人には何もわからない。わからないなりにどうなっているのかとながめていると、タニシは観察者をあざ笑うかのように脱糞する。
 その脱糞がまたスゴい。目玉の右横に出水管のようなものがあり、どうやらその奥から出すようである。小さな米俵のような形の糞を、首の横からぽろぽろと排出するように見える。
 その瞬間、こう思うのだ。
 ――こいつ、やっぱりカタツムリの仲間だ!
 カタツムリの糞も首のあたりから出る。陸で暮らすか水の中で暮らすかの違いこそあれ、どちらもカタツムリ一族なのだとうなずけるのは、そんな理由からである。タニシの糞はばらばらになった粒状だが、カタツムリのそれはチューブから押し出したようにつながっている。とはいえそんな形はどうでもよくて、糞の出どころか同じように見えるということが重要だ。


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左 :小さな米粒みたいなタニシのふん。これだって、無駄にはならない
右 :緑色になったメダカ水槽の水だが、タニシを入れるとしばらくして澄んでくる


 そんな脱糞を見せるタニシがさらにスゴいのは、ふえすぎた植物プランクトンを食べて、水の透明感を高めてくれることである。水中に浮遊する汚染物質も吸い込み、ろ過摂食をする。水底にたまったものも食べてくれる。そうした総合力で水を浄化しているのだ。
 植物プランクトンが多いと水は緑色になるが、それが食べられると澄んでくる。すると数の減った植物プランクトンはタニシの糞なども食料にして再び増殖するため、緑色がまた濃くなる。それはタニシのえさでもあるので、タニシは喜んで食べる。するとまた減って、ふえれば食べて......その繰り返し。なんともはや、すばらしい仕組みである。


 こうした循環の一方で、メダカ水槽であればメダカが、田んぼなら水生昆虫がプランクトン類をえさにしてふえ、すると次にそれをねらう天敵類の腹が満たされ、その上位にあるカエルやヘビや鳥もえさにありつける。栄養分を得た水や土が力を持てば、稲などの植物だって育ちが良くなり、そこに集まる虫たちもふえる。するとそれらの天敵もまたやってくるのだろう。
tanimoto132_10.jpg この関係を損得で考えると、収拾がつかない。だが現実にはそうやって、田んぼの生態系が保たれている。
 だから、タニシはエラい!
「稲刈りのあとでタニシをとるのが楽しみでな。みそ汁の具にして食べると、口の中でジャリジャリするんよ。それがタニシの子でなあ」
 うれしそうに話すお年寄りの夢を奪ってはいけない。
 ただそこにいる、そこにあるだけではそのうち忘れられる。そうならないためにもタニシを食べる文化は残したいものだね。
右 :泥の上にタニシが1匹。仕事を終えたら食べられるなんて、思ってもいないだろうね

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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