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きょうも田畑でムシ話【130】

2024年1月 9日

トンボ――田んぼとどうつながるか  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 新年ともなれば、農村ではさまざまな行事が行われる。
 稲わらを苗に見立てて雪の中に植え込む「雪中田植え」や田畑で数回のくわ入れをする「くわ初め」、モグラたたきの棒を手にした子どもたちが田んぼや家々をまわる「もぐら打ち」など、各地に伝統行事が残っている。五穀豊穣や無病息災を祈り、その年の作柄を占うものでもあるので、いずれもおごそかな中で進行する。


tanimoto130_1.jpg 田んぼときていつも思い出すのは、「タンボ」の語源についてのある説だ。南インドのタミル語では古く、田んぼを「タンパル」と呼んだという。それが日本の「タンボ」に似ているらしいのだ。そして田んぼで象徴的なトンボも、タミル語に起源があるという。
 そう言われても素人にはよくわからないのだが、いつか読んだ本には、「タンボ」の語源をたどると「トンボ」にいきつくとあったように記憶している。そういわれればなるほど、そんな気もしてくる。

 試しにタンボを連発して、タンボ、タンボ、タンボ......と早口で繰り返した。
 まあ、なんとなく、トンボに近づくような気もする。
 だが、何に似ているかといえば、ディズニー映画の空飛ぶ子象「ダンボ」にいちばん近い。
右 :なぜだろう。田んぼのある風景は、そこにあるだけで心を落ち着かせる


 室町時代の国語辞書『下学集』はそれ以前の「秋津」こそが「トンバウ」であると説明している。古いタミル語ではさて、どんなふうに発声したのか。
 ありがたいことに、最近はそれがパソコンで可能だ。
 ポチッ。
 ――トゥンビ。
 そう聞こえた。それをもって、なるほど「トンボ」に似ているという人もいるようだが、感じたままを言えば、トンボよりもトンビに似ている。地域にもよるが、田んぼやその周辺でトンビを見ることはたしかにある。だからといって、トンボと比べたら、田んぼではトンボの方がずっと多い。

 赤トンボの代表種といってもいいアキアカネは、田んぼをふるさとにするトンボとして知られる。かつてのように秋空を埋め尽くすほどの大群を見ることはなくなったが、それでも田んぼで見る機会はまだ多い。アキアカネに限定しなければ、数多くのトンボが舞う姿を田んぼでは目にする。
 だから「タンボ」と「トンボ」を結びつける話があっても、まあそれもいいんじゃないの、と思えてくる。


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左 :トビの俗称は「トンビ」。タミル古語「トゥンビ 」は、トンビに聞こえた
右 :田んぼといえば赤トンボ。アキアカネがその代表種だろう


 それにしてもどうして、新年からトンボが登場するのかといえば、ことしの干支に関係するからだ。
 辰年→龍→ドラゴン→ドラゴンフライ→トンボというつながりから、今年の初めを飾る昆虫として、トンボに勝るものはないと考えたわけである。
 トンボには「勝ち虫」の異名もある。その理由は前進あるのみで後退しない、勇猛果敢のシンボルだからとか。すぐに旋回して引き返す場面もよく目にするが、それを言ってはいけないのだろう。


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左 :シオカラトンボ。田んぼやそのまわりでよく目にするトンボのひとつだ
右 :イトトンボ類も田んぼ周辺でよく見かける。体は小さくても、田んぼのガードマンとして働いている


 今回の話の出発点になった「辰」という字はそもそも、ハマグリが貝殻からあしを出している形、あるいは土地を耕すための農具をあらわす象形文字だという。というわけで「辰」は、意外にも農業との関係も深いのだ。「農」の字にも「辰」が使われている。
 アキアカネは田んぼで生まれて田んぼで育つ。それ以外にもシオカラトンボ、ギンヤンマ、イトトンボ類などが田園生活を送っている。

 どの地域にも同じ種がいるわけではないのだが、トンボの仲間が田んぼにいてくれることで農家の人たちはなんとなく安心する。
 トンボの成虫はウンカやヨコバイを捕食し、水中生活を送る幼虫時代のヤゴも蚊の幼虫であるボウフラなどを食べる。そうやって彼らは、農業害虫の駆除係を引き受ける。だから古代人も感激して銅鐸に描き、感謝の気持ちを捧げたにちがいない。

 最近は虫を嫌い虫をおそれる日本人がふえているようだが、それでも西欧のようにトンボをドラゴンにたとえ、かみつかれるとおびえることはないだろう。映画で見るかぎり、火を吹いて暴れまわるドラゴンが多い。背中の翼だって、悪魔を連想させる。日本人が抱くトンボのイメージと西欧のドラゴンとでは、とても大きな違いがある。


 そんなことを考えているうちに、トンボの姿が拝みたくなった。見つけてあいさつし、お礼のひとつも言えば、ことしも豊作に導いてくれることだろう。
 ところが季節はあいにく、冬である。この時期はアキアカネのように卵で冬を越すか、ヤゴのままで寒さをしのぐトンボが大半だ。
 干支にちなんでせっかくあいさつをしようという気になったのに、会えないのはつらい。
 そんなふうに嘆く人もいると予想する特殊能力がトンボにあるのかどうか知らないが、そのまんま「越年」の名を持つものがいる。

 近年は「えつねん」と読むことが多くなったが、「おつねん」と呼ばれるオツネントンボである。種名でいえば、オツネントンボとホソミオツネントンボの2種の「越年トンボ」がいる。
 さればとてと出かけたものの、簡単には見つからない。北風が、ほら見たことかとばかりに顔にぶち当たる。
 だからといって、それで運に見放されてはたまらん。
 ということで軟弱にも、過去に撮った写真を探しだし、拝むことにした。
 いやあ、年の初めからなんだか、尻切れとんぼの話になりそうだ。


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左 :トンボの幼虫のヤゴ。こうして見ると、猛犬を思わせる
右 :「越年」の名前をもらったオツネントンボ。枯れた草や枝の色にそっくりだ


 しかし、今年は辰の年。ワニ年、クジラ年となる国や地域もあるらしいが、そうした所を訪ねる予定はない。現代日本人の多くが連想する「龍」の年として素直に農業とかかわる生き物を思えば、「土龍」がある。「地龍」もある。
 もっとも土龍ことモグラは、農家の嫌われ者だ。忌避剤をまいたり、音波で追い払ったりするが、甘い香りのするガムを食べさせ、腸閉そくを促して餓死させる方法もあるという。
 そんな方法を考えつくとは、ニンゲンはなんともスゴい生き物だ。5月の空を泳ぐこいのぼりや矢車を見る機会は減ったが、郊外の畑ではペットボトルでつくったモグラよけ風車を見かける。効果がどの程度期待できるのかよく知らないが、その周辺ではモグラ塚が見えないところからすると一定の効き目はあるのだろうか。


 同じ龍でも、「地龍」は重宝されてきた。
 といっても現代ほどに薬のない時代のことだが、「地龍」であるミミズの乾燥品は熱さましの妙薬として、よく利用された。
 干からびたミミズを自分で飲んだ、あるいは飲まされた記憶はないのだが、その粉末なら口にしたことがある。高い血圧を下げるのにいいといわれ、どんな味がするのか確かめた。
 なんとなく、にぼしの粉のようだった。気になるなら、実際に味わってみるのがよろしかろう。


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左 :モグラよけの風車。いかにも出現しそうな環境だね
右 :舗装道路でよく見かけるミミズの干物。「地龍」として使う場合には、干す前に泥抜きをするから、これは「えせ地龍」


 辰(龍)は十二支のなかで唯一、想像上の生き物だ。よく似た感じの麒麟(きりん)が描かれたビールの瓶や缶があるが、あの麒麟と龍は相性がいいらしい。
 龍と麒麟は同類にも見える。それもそのはず、龍と牛が交わって麒麟が生まれたというのだ。
 あらためて絵をよく見ると、角が一本生えた龍のような頭に、鱗で覆われた鹿の体、牛のしっぽ、馬のひづめを合体させたように描いたものが多い。いってみれば、龍の親戚筋といったところか。しかし麒麟のなかにも種別があるのか、2本角、3本角の麒麟のデザインも目にする。
 いずれにしても麒麟は、瑞兆の神獣であることに変わりはなく、その実力は龍と並ぶそうである。
 だから、めでたい。しかも、新年だ。
 といって龍や麒麟の名やデザインを用いたアルコールを体に取り込みすぎると、なぜだか虎になるヒトもいる。
 何事もほどほどがいいようである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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