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きょうも田畑でムシ話【129】

2023年12月11日

ハラビロカマキリ――奇跡のブルーアワー  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 自然界には時として、ハッとするほど美しい色が埋もれている。
 「旅人の木」の愛称で知られるオウギバショウの実がはじけ、その中から予想もしない青い羽衣が見えたときには驚嘆した。この世に、こんなに美しいものがあっていいのかと。
 小ぶりのバナナのようなカチカチの実は、その中に天女の羽衣を隠していたのだ。黒っぽいタネを包むベールは底抜けに明るく、小笠原の海を表現した「ボニンブルー」という言葉を思い起こさせる。
 植物でいえば、身近なツユクサの青も素晴らしい。雑草扱いされがちだが、なんのなんの。「露草色」という呼び名を与えられたことからも、その実力がわかるだろう。


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左 :「旅人の木」とも呼ばれるオウギバショウの実。熟して開くと、ハッとするような青い衣をまとったタネが現れる
右 :ツユクサ。染め物にも使うだけあって、見事な青さだ


 ルリボシカミキリ、ルリタテハという昆虫名に埋め込んだ「瑠璃」も、最大級の色の賛辞である。
 ルリタテハなんて、はねを閉じればただの地味なチョウでしかない。ところが太陽の光を浴びるようにパッと開くと、どうしてそれをもっと早く見せてくれなかったのかと文句のひとつも言いたくなる。
 「スズメノショウベンタゴ」とあだ名されるイラガの繭から出てきた寄生バチ・イラガセイボウも、どんな宝石にもひけをとらない。原石を巧みに加工しないと宝石の価値は上がらないものだが、イラガセイボウは生まれたまんまで十分すぎる美しさを備えている。ハチには怖いイメージがつきまとうのに、イラガセイボウに漂うのはキラキラ感だけである。


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左 :ルリボシカミキリ。これはこれで魅力的な青さだと思う
右 :イラガセイボウ。青い蜂という意味の名前だが、緑まじりの宝石を思わせる


 砂浜に打ち上げられたカツオノエボシやカツオノカンムリを初めて見たときにも驚いた。毒を隠し持つ生き物だといわれても、実際に見れば感激・感動してしまうのは生き物好きのサガなのだろう。どうにかしてその青い色を保ったまま手元に残したいと思ってしまう。
 沖縄の海岸では、ギンカクラゲもたびたび目にした。毒性が弱いとはいえ、取り扱い注意であることは刺胞生物であるその他の〝海洋青モノ〟と変わりはない。でもやっぱり、その青さには心を奪われる。


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左 :カツオノカンムリを浜で見つけた。有毒だが、この青い色には心ひかれる
右 :ギンカクラゲ。なんとなく、オオギバショウの青い色に似ている


 ぼくはどうも、青い色に弱いらしい。
 少しだけ口を開いたシャコガイが見せた青にも魅せられたし、たまたま見つかって展示されていた青いアマガエルにもときめいた。ピンクのクビキリギスを見せてもらったことがあるが、「へえ」というほどの心の動きはあっても、「ドキッ」とはしなかった。
 他人がどう思おうが、自然界に存在する青は、どう考えても奇跡の色だ。
 といいながら、ハグロハバチの幼虫のような青いイモムシは、いくら青くても苦手だから友達になりたいとは思わない。してみると結局は、個人の好みの問題なのだろうと思えてくる。


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左 :シャコガイの仲間が貝殻の内側をちらっと見せてくれた。星空の青さだった
右 :青いアマガエル。とはいうけれど、空色と呼ぶ方が良さそうな色合いだ


 自然界の青色崇拝者になってもうずいぶんになるが、この冬、初めて出会ったのが青い卵だ。アローカナという鶏の一種が産む卵が青みがかっていることは有名だし、ムクドリやコマドリがアローカナの卵よりも濃い色の青い卵を産むこともよく知られている。
 だが、ぼくが見たのは、昆虫の卵だ。
 しかも、そんなに珍しいものでもない。わが家にだって毎年現れるし、ご近所にもふつうにいる。当たり前すぎて、成虫を見ても、幼虫に出会っても、「ああ、そこにいるのか」といった感情しかわかない。でもまあ、何かのご縁だからとカメラのシャッターを押す程度のありふれた昆虫だ。
 ちょっとした虫好きならだれでも知っているハラビロカマキリである。
 ハラビロカマキリは茶色と緑色のタイプに分かれるが、「どっちみち、おまえさんたちはハラビロカマキリなんだろ」と思ってしまう。
tanimoto129_11.jpg 幼虫時代の彼らはおしりというか腹部をぐいっと曲げるポーズをよく見せるのだが、まわりはほぼ緑色の植物だから、茶色の個体だとよく目立つ。落葉が始まれば、茶色タイプが隠れる場所はふえてくる。
 それでも結局は、ハラビロカマキリという種であることに変わりはない。
 秋ともなればペアでいるところを見かけるし、冬が来れば至るところでボートをひっくり返したような卵鞘(らんしょう)、すなわち卵を見る。
 興味深いのは、カマキリ類の卵の色はどれも茶色系であることだ。種によって形は異なるが、その卵の色は同系色で統一されている。ハラビロカマキリの体色は成虫になっても茶色と緑色に分かれたままなのに、卵はどれも茶色である。緑色の卵なんて、一度も目にしたことがない。
右 :茶色のハラビロカマキリ。緑の植物の上では目立ちすぎる


tanimoto129_12.jpg ところが木枯らしが吹く日に、茶色でも緑色でもない卵を産む現場に出くわしてしまった。
 ――なんだコレは?
 近所のエノキの木で、青い卵を見つけたのだ。
 形からすると、見慣れたハラビロカマキリのものだった。カメラを向けると、その卵の先には産み主がいた。
 ――えっ?
 再び、疑問が浮かぶ。
 とにかく青い。青すぎる。オオギバショウのあの青さにはかなわないまでも、シャコガイの貝殻のすき間から見えた青、はねを開いたルリタテハの瑠璃色ぐらいには見えた。さらにいえば、絹糸のような輝きまで感じさせる。
左 :産卵中のハラビロカマキリ。茶色の枝にくっつくと目立つ色だが、葉の緑がまだ残る中での産卵なので保護色になるのかなあ。不思議だ


 あやしいオヤジがしきりに葉と葉の間をのぞきこむ。シャッターを押している。背後に数人の気配を感じたが、振り向かないので、どんな人たちに見られているのかはわからない。
 とにかく珍しい卵である。持ち帰りたいところだが、まあ、慌てることもないだろう。来年の春まで、その枝から動くことはない。
 これは世紀の大発見にちがいないと思いながらも、報告例はないかと、帰宅後にインターネットで調べてみた。
 ――と、あったのだ。ハラビロカマキリの産卵時の不思議として、複数の自然ウオッチャーが写真を載せていた。


tanimoto129_13.jpg 青い卵の不思議にだれもが驚くようだが、翌日から茶色に変わっていく。産卵時かその直後でないと、青い卵は拝めない。
 だが、待てよ。以前見た産卵中のハラビロカマキリの卵の色は、茶色だった。
 慌てて写真を探すと、なんとも微妙な色合いである。
 そのとき青いと感じたら、しっかり記録したはずである。それがないということは、卵の色に疑問を感じることなく、写真を撮ったということだ
右 :わが家の壁で卵を産み始めたハラビロカマキリ。このときには青い色に見えなかった


 それにしてなぜ、産みたては青いのだろう。
 葉がまだ残る時期だから、茶色は危険だと考えて特殊な成分を混ぜ込んでいるのだろうか。
 でも、緑色の葉の上に卵を産むことはない。木の枝なら、緑もあるが茶だってある。
 時間がたてば、卵は堅く丈夫になる。それまでの時間稼ぎのおどしのための警戒色か?
 だとしたら、逆に目立ちすぎではないのだろうか?


tanimoto129_14.jpg 解けない謎をいくつも抱えながら、翌日、その卵の様子を見に行った。
 ――と、ないのだ。
 すぐ近くに茶色のハラビロカマキリの卵はあったのだが、前の日に見た卵とはちがう。
 ヘンなオヤジの行動を見ていただれかが、こっそり持ち去ったのだろうか。青いカマキリが生まれると信じて、ひともうけ企んでの盗卵なのか?
 不思議な青い卵の、いやはやなんとも不可解な結末となった。
 持ち去り説が正しいなら、その主はいまごろ、がっかりしているだろう。青い幼虫が生まれることも、高く売れることもない。
 できればその驚く顔を見たいものである。
左 :産みたてのハラビロカマキリの卵。ほぼ1日限りの青い宝石だ

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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