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2023年9月 7日
虫だんご――主役は留守でかまわない?
農家の人たちの前で虫が好きだと言うのをはばかる時代が長かった。
それはそうだろう。多くの農家がイメージするのは、生活の糧になる野菜や果物を食い荒らす虫だ。口に出かかっても、ぐっと我慢しなければならない。
「ダイズ畑にいたあの虫、おしゃれでカッコいいですねえ」
マメハンミョウのからだの模様はなるほど、デザイン性が高い。だからといってほめるような言動を吐いたら、とたんに心証を悪くする。
黒地に白い縦縞が入るダンディーな虫ではあるが、豆類の重要な害虫だ。しかもヤツらは体内に、カンタリジンという有毒物質を仕込んでいる。
間違って手でつぶそうものなら、置き土産とばかりに真っ赤な腫れ物を残してくれる。だからそんなワル虫を持ち上げるようなことを、口にしてはいけないのだ。
右 :マメハンミョウ。カンタリジンを隠し持つ有毒害虫とされるが、赤い頭と相まって、デザイン性は高い
ありがたいことに最近は、虫を放して虫をやっつける「天敵農法」もすこしは知られるようになった。虫のすべてが悪者ではないという認識も広まりつつある。
「はーい、ジャック!」
飛行機などの乗っ取りを「ハイジャック」と呼ぶようになったのは、そんなふざけた呼びかけが始まりだったという説がある。
もっとも、その乗っ取り事件も近ごろはずいぶん変わってきた。内容はどんどん派手になり、犯人の主流はいまや宇宙生物だ。映画のエイリアンがすっかり有名になった。
体格差はかなりあるが、寄生性の生物ということでは寄生昆虫もエイリアンと変わらない。
「へえ。害虫に寄生する虫もおるんか」
「回虫やサナダムシは人間に取り付くやろ。けんど、天敵のハチはアブラムシに寄生するんやで」
「ほいたら、寄生虫も悪モンでのうて、ええモンちゅうわけか」
人間の体内にすみつく寄生虫まで含めると、さすがに語弊がある。だが、寄生虫も寄生昆虫も、基本的には自分なりの生き方をしているだけである。
そうした昆虫はまだしも、見た目には感情がなさそうな植物の場合はどうだろう。
ある日ある時、気がつけば自分のからだが何者かに乗っ取られている。しかも、なんだか訳のわからないリフォームが施されていたら、植物だっていやにちがいない。
上 :アブラムシに寄生する習性のあるギフアブラバチ。まだ若いアブラムシをねらっている?
現実にはそれが起きている。いわゆる、「虫こぶ」だ。
フツーの日本語では虫にできたこぶという意味になりそうだが、生物学では虫がこしらえたこぶということになっている。いずれにしても、枝や葉に得体の知れないこぶができたら、動揺せずにはいられまい。
原因をつくる虫は、いろいろだ。タマバエやアブラムシといった寄生性昆虫だけでなく、ダニや菌類によってもたらされるものもある。
そうした特殊性からか、見た目の悪さが影響するのか、虫こぶは病気扱いされることが多い。漢字で書くと「虫癭(ちゅうえい)」となり、ヤマイダレを使うくらいだから、それが一般的な見方なのだろう。
右 :エノキの青い実と虫こぶ。先端の尖ったのが虫こぶだが、うっかりすると同じものに見えてしまう
ところが、目にした虫こぶが自然界の芸術品だと気づいた瞬間、なんとも言えない価値が生まれる。
ヌルデの虫こぶがいい例だ。ヌルデシロアブラムシがこしらえるもので、不規則な隆起を特徴とする。リンゴのような虫こぶ、青年のにきびのような虫こぶに比べると、形がユニークなだけに、高い芸術性を感じる。
そんなことから人間に目をつけられてお歯黒や染料の原料にされたのだろうが、その内部に隠れて暮らすアブラムシにとってはとんだ災難でしかない。敵に見つからないように潜んでいたのに、特異な形の虫こぶをつくったばかりに、住まいごとどこかに連れ去られる。
その点、ヨモギについた綿の塊のようなヨモギクキワタフシやヨモギハシロタマケフシのような虫こぶは、安心だろう。アザミとかタンポポの綿毛にも似るから、ほとんど相手にされない。
左 :ヌルデの虫こぶ。耳を思わせるというので、「ヌルデミミフシ」の名も持つ
右 :ヨモギクキワタフシは、ヨモギワタタマバエのつくった虫こぶだ。これに手を出す人間はいないだろうが、よく見たらマルカメムシが近くで食事中だった
左 :おいしそうに見えるナラハヒラタマルタマフシ。ナラハヒラタマルタマバチの幼虫が作る虫こぶらしいが、赤い真珠のようだね
右 :お皿にのせた青リンゴみたいなのは、タブノキハウラウスフシだろうか。だったら、タブウスフシタマバエの仕事だろう
左 :若いどんぐりのすぐそばにできた虫こぶは、若いナラハヒラタマルタマフシかな。どんぐりの赤ちゃんだと思われるかも
右 :花が咲いたようなクヌギハナカイメンフシ。クヌギハケタマバチがつくる虫こぶだ
ついでに言うと、「虫だんご」というものもある。
このごろは昆虫食がよく話題になる。だから、虫を何匹も捕まえてだんご状にしたものだと思われるかもしれない。
だが、それは違う。それどころか、一般にはまず知られていないわが造語である。植物の丸い実の中に、虫が隠れている場合に用いる。
ムクロジの実から、気味の悪いウジ虫が出てきて跳びはねたときには驚いた。だが、長いこと探し求めていたツバキシギゾウムシが潜むツバキの実を見つけた際にはうれしくて、快哉を叫んだ。ツバキの実そのものは珍しくないのに、わが家の周辺でこの虫がいる実を見たことはなかったからである。
左 :ムクロジの実から頭をのぞかせた寄生バエの幼虫。このあと脱出し、跳びはねた
右 :もう何年も寄生された実を探してきたが、これまではこうしたきれいなツバキの実にしか出会えなかった
出会ったのは、つい最近だ。いつもとはちがった散歩道で、ついに見つけた。1本の木にいくつもの「虫だんご」があり、1個の実に複数の穴が開いていた。まさに、「虫だんご」の宝庫である。
穴が開いているということは、幼虫が外へ脱出した後である可能性が高い。「虫だんご」ファンとしてはやはり、中身の入ったものがいい。ツバキシギゾウムシの幼虫に滞在していてほしい。
どんぐりの場合には、穴が開いていても、そこからまだ出てくる例が多い。複数匹潜んでいるからだ。それでツバキシギゾウムシも同じではないかと期待した。
持ち帰ったツバキの実をビニール袋に入れて一晩おくと、幸いにも幼虫がはい出してきた。
ゾウムシの幼虫のようだからといって、ツバキシギゾウムシだと断定することはできない。だがまあ、ツバキの実にいたのだから間違いないだろうとしてしまうのが、いかにも素人の昆虫愛好家である。
穴から出てきた幼虫は、用意した土の上を意外なスピードで歩き、小さなへこみを見つけて土にもぐった。同じようにして、別の実からも幼虫が出てきた。合計3匹の幼虫が、それぞれ気に入った場所に頭を突っ込んだ。
容器のふちに穴を掘ったものはしばらく見えたが、それもすぐに姿を消した。きっと、落ち着ける中央部をめざして移動したのだろう。
左 :ツバキシギゾウムシが脱出した痕と思われる穴のあるツバキの実。人間の顔のように見える
右 :ツバキの青い実からはい出してきたツバキシギゾウムシの幼虫。大慌てで土にもぐろうとしている
土の中の様子は、わからない。無事にさなぎになっていれば来年にでも、体長よりも長いくちを持つ成虫として地上に姿を見せるはずだ。
考えるだけで、わくわくする。だから、「虫だんご」探しはやめられない。
ツバキの栽培をする人にとっては迷惑な話だろう。しかし、実を集めて油を搾る人もほとんどいなくなったと聞く。見つけるのに何年もかかったくらいだから、少なくともご近所で大発生しているとは思えない。
ってことで農家のみなさん、広い心でどうか、見のがしてやってくださいな。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。