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きょうも田畑でムシ話【123】

2023年6月 7日

モンシロチョウ――「ハウスもどき」の箱入り生活  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 子どものころのことだ。将来の夢ということで、昆虫園を開きたいと書いた。それは夢物語に終わったのだが、狭い庭の2坪ほどの「ハウスもどき」の中で似たようなことが起きている。
 「もどき」と付くハウスがあるなんて、世の中には知られていない。わが家の横を犬の散歩で通り過ぎる人や学校帰りの子どもが「ハウス」ということばを発するのを何度か耳にしたが、農業をする人たちが見たら、とてもハウスには見えないはずだ。それでぼくは、ハウスもどきと呼んでいる。

 ホームセンターに行くと、雨よけ栽培用の組み立てキットが売られている。その全体をビニールで覆い、平らな屋根部分にはトンネル栽培用のアーチ状ポールをつなぎ、雨が側面に流れるようにした。
 キットは10年ほど前に購入したのだが、丸型屋根にたどり着くまでに5年は経っている。それまでは雨が降るたびにビニール天井のところどころがへこんで水がたまり、下から押し上げて側面に流していた。それがけっこうな手間だった。
 トンネル用のポールをつけてから雨はすんなり流れ落ちるようになり、見た目にもドーム状のハウスになった。それでもにせものであることは確かなので、遠慮して「もどき」と呼んでいる。


 モンシロチョウといえば、知らない人はいない。古い時代に中国大陸から飛んできたそうだが、たいていは日本に昔からいるチョウだと認識されている。少なくとも、面と向かって異議を唱える人に会ったことはない。
 小学校ではモンシロチョウの飼育や観察をする。そのとき必要になるのが、幼虫である青虫や卵だ。
 寒い冬でも育つのは小松菜ぐらいなので、秋の終わりになると種をまくのがわが家の慣例だ。調理後の小松菜の根を植えておけばもう少し早く、育ってくれる。手抜きを身上とする菜園家にとって、小松菜はなんともありがたい。
 とはいえ、まともな小松菜畑として機能したことはない。実際に食べられるのはほんの少量だから、ハウスもどきにならって、「畑もどき」と呼ぶべきかもしれない。


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左 :菜の花のみつを吸うモンシロチョウ。とだけ説明したら野外だと思われるが、実際には「ハウスもどき」内の様子だ
右 :通称、「ナノクロムシ」。その名の通り、菜っぱをえさにする黒いイモムシだ


 原因の多くは、モンシロチョウがつくる。大量のアブラムシや長じてカブラハバチとなる「ナノクロムシ」なども加害者になるが、圧倒的にモンシロチョウによる被害が大きいのだ。
 モンシロチョウは年に数回発生するから、小松菜をそのまま植えておけば、菜園に居つくようにして繁殖を続ける。
 虫食いだらけになってさすがに食べられない小松菜の株など、さっさと抜けばいい。だが、わが家を頼りにするモンシロチョウのために残すのも悪くないと考え、そのままにしてしまう。


tanimoto123_1.jpg 春になって気温が上がると、「ハウスもどき」でも「畑もどき」でも急に勢いよく育ちだす。しばらくすれば再び、虫のレストランの開業だ。
 ところが「もどき」のかなしさで、日が照っている昼間は暖房効果が実感できても、夕暮れ以降は外気温と同じまでに下がる。
 なんとも寒い。見せかけのビニールで覆われただけの空間だ。雨風がしのげるので、ちょっとした作業場所にはなるが、野菜畑の代用にはならない。
右 :ベランダから見おろした「ハウスもどき」。なんとなくそれっぽいが、暖房効果は期待できない


 それでも春の声が聞こえるようになると、おひたしやみそ汁の具などになった小松菜料理が食卓に上る。
 ところがその期間は、なんとも短い。一気にとう立ちして花を咲かせる。
 そのころはナメクジも目立つようになり、夜中に暴れまわる。ナメクジ一派であるカタツムリもかじりつく。
 ナメクジの繁殖期は、秋以降だ。それを知ってからは精力的に退治したので、昨年は秋になっても見なくなった。
 なんとも喜ばしい。その前年のホオズキカメムシ追放に次ぐ大きなニュースである。安心して小松菜が育てられる。


 そう思った矢先、ハウスもどきのビニールや支柱で数個のさなぎを見つけた。
 まぎらわしい話になるが、わがハウスもどきにはウマノスズクサが数株生えている。
 最初は1株か2株だったのだが、環境が気に入ったのか、あちこちで見るようになった。ジャコウアゲハのえさにしようと保険の意味で植えたものが、数年かけてふえたのだ。
 したがってハウスもどきには、「お菊虫」の俗称で知られるジャコウアゲハのさなぎもいくつかある。秋までは出入り自由だから、勝手に入ってきて子育てルームにしているようだ。


 だが今年は、モンシロチョウの方が多い。
 初夏を迎え、温度を下げて風通しを良くするため、すでに半分はネットだけの状態となっている。しかもビニールのところどころに穴があるため、ちょっとしたすき間から青虫が侵入したのだと推測する。
 なにしろすぐ隣には、来るものを拒まぬ菜園レストランがあるのだ。卵も青虫の数もおそろしく多い。


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左 :ジャコウアゲハも「ハウスもどき」の常連さん。このチョウはなぜか捕獲しやすく、すぐに退去してもらえる
右 :モンシロチョウのさなぎ。これはもうしばらくで羽化する個体だろう


「へへへ。新しいレストランを見つけたぜ」
「どこどこ?」
「すぐ隣さ。しかもな、雨が降っても風が吹いても、びくともしない店なんだぜ」
「だったら、行こうよ。みんなで行こ、行こ!」

 という会話を青虫がしたのかどうか。結果的には、ハウスもどきで十数個のモンシロチョウのさなぎが見つかった。
 その時点でいくつかは取り除き、近くに住む孫の家に持っていった。虫好きだから、拒まれることはない。
 それでも見落としがまだまだあったらしく、5月も半ばになると毎日のように数匹がハウスもどきで舞うようになった。

 そういう侵入者を追い出すために、子ども用の虫とり網が用意してある。それで捕まえては外に出すのだが、夕方になると葉にとまって休むので、見のがしも多い。
 ミニトマトの苗を植えたから、小松菜はもう要らない。それでなくても庭の菜園にはモンシロチョウ用に何株も残してある。アブラナ科野菜はミニトマト栽培の害にならないと聞いた。それで結局、葉が茂る中でミニトマトを育てている。
 そこが自分のすみかだと思っているのか、モンシロチョウは出ていかない。それならと強制退去を促すが、支柱やネットが邪魔をしてうまくいかない。
 半ばあきらめた。メスが少ないのが幸いだ。ハウスもどき内で卵をびちびち産まれたら、たまったものじゃない。


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左 :「ハウスもどき」内で何匹も舞うのだが、まとめて撮影するのは難しい。おっとりしているように見えて、モンシロチョウも侮れない
右 :体じゅうトゲだらけのササグモ。なんともおっかない。人間でよかったなあ


 よく見ると、クモの網にかかったモンシロチョウがいた。コガネグモの卵のうを置いていたから、そこから出た幼体のしわざのようだ。クサグモの卵も持ち込んだから、それからふ化した幼体も目につく。
 いつの間に侵入したのか、ササグモもいる。ササグモは庭にも多くて、あのとげとげだらけの体と見ると、人間でよかったとつくづく思う。
 そうしたモンシロチョウ・バスターズがいるのは心強い。


tanimoto123_8.jpg いくらかほっとしていると、余裕が生まれるのか、ほかの虫も見えてきた。
 オオカマキリは秋の終わりに、ハウスもどき内にいくつか卵を産み残した。小松菜の葉の上には、その忘れ形見がいる。
 支柱ではコカマキリの卵鞘も見つけた。そのうちふ化して、戦列に加わるだろう。
右 :コカマキリの卵。内部の2カ所で、この舟形の卵を見つけた


 気づかずにいたのだが、おそらくは毎年、そうしたバスターズがいて、外部からの侵入者と戦っていたのだ。だから害虫だらけにならずに済んだのだろう。
 と思ったが、ハウスもどき内で何匹ものモンシロチョウを見るのは今年が初めてだ。
 えじきになったモンシロチョウがどれほどなのかわからないが、わが家のハウスもどきには独自の生態系ができあがっている。
 南国のチョウが舞うような環境ではないが、子どものころ夢見た昆虫園に近い。このミニ生態系を喜んでいいのかどうかわからないが、虫好きにとっては楽しみがひとつふえたようにも思える。
 ――なーんて言って、いいのかな?

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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