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きょうも田畑でムシ話【120】

2023年3月 7日

小さいけれど、ちゃっかり虫?――キイロテントウ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


tanimoto120_1.jpg 陽気が良くなり、閉じこもっていた虫たちの姿を見る機会が増えた。
 草木も勢いを増すこれからの季節は、野山でアブラムシがどんどこ増える時期でもある。すると、そうしたアブラムシの天敵となるテントウムシの増殖に拍車がかかる。
 しかし、注目したいのはナナホシテントウ、ナミテントウのように大型のテントウムシではない。体長5mm以下のちっぽけなテントウムシたちである。とりわけ気になるのがキイロテントウだ。
右 :アブラムシとナナホシテントウ幼虫。テントウムシといえば、たいていはアブラムシの天敵になるというイメージだろう


「ああ、それなら知ってるよ」
 そう言う人はけっこういる。
「キュウリとかカボチャのうどんこ病菌を食べるやつだろ」
 具体的な病名まで示して、言葉を返す人も少なくない。その意味でキイロテントウは、農業界で有名な種のひとつだろう。アブラムシではなく、植物病菌を食べてくれるテントウムシは貴重種でもある。
 うどんこ病菌については、シロホシテントウの活躍も知られるようになってきた。畑で見る虫はすべて害虫だと思われた農薬絶対信奉の時代に比べると、大きな進歩だ。テントウムシ界で変わりもの呼ばわりされていたキイロテントウにとって、面目躍如といったところか。


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 :うどんこ病菌を食べるキイロテントウの幼虫。ミクロのかびだから、おなかを満たすのはたいへんだろうなあ
 :木の幹に単独でいたキイロテントウ。暖かい冬の日に、幹の上を歩きまわっていた


 そのキイロテントウが気になりだしたのは、数年前からだ。ご近所の虫たちともっと付き合おうと思い、近くの田畑や公園に足繁く通うようになった。
 とくに寒い時期は、動く虫が少ないため、身近で地味な虫を訪ねることになる。枯れ木にしか見えない木の枝や幹、樹皮の裂け目などをのぞき見することが多くなった。
 キイロテントウは、地味な景色の中で大きなアクセントになっている。
 樹種でいえばクヌギのように、山の稜線のような凹凸がある木の肌で出くわすことが多い。木を支える杭の割れ目で見ることもある。
 冬の幹で見る虫といえば、わが家の近くではヨコヅナサシガメが多い。成虫になれば黒と白のストライプ模様でピアノの鍵盤を連想させるカメムシだが、冬の寒い時期に見るのは赤と黒からなる幼虫である。それでもよく目につくのは、単独でいないからだろう。
 キイロテントウはいつ見ても、1匹だけぽつんと、まさに黄色い点になってじっとしている。


 クヌギの木では、クヌギカメムシの卵もよく目立つ。深緑色というのか、どちらかといえば地味な色あいで、「まあ、かわいらしいわ。まるで宝石みたい!」という感想を耳にしたことはない。それどころかむしろ、気味が悪いと言われる。
 しかもその卵が、ひとつだけポツンとくっついていることはない。何列かにきちんと整列し、歯磨きをチューブから押し出したような感じで張りついている。
 それぞれの卵は、漫画によく描かれる涙の粒にたとえられる。そして、3本の短いひもというのかアンテナというのか、幼虫が呼吸をするための管が付いているのが特徴だ。
 しかも、卵全体がゼリー状物質で包まれている。数に決まりはないようだが、たいていは十数個がひとかたまりである。


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 :クヌギカメムシの卵。卵にはそれぞれ、3本の呼吸管がアンテナのように突き出している
 :産卵中のクヌギカメムシ。それにしても、なんともうまく並べて産むものだ


 寒い時期に活動するのは蛾のフユシャクぐらいだと思っていると、このカメムシの習性はとても不思議だ。
 幼虫はなんと、まだ寒い2月に卵からかえる。わが家の近くではことし、2月半ばにふ化を確かめた。ふ化した幼虫は、卵を包むゼリーのアミノ酸やタンパク質を吸って、3齢まで成長する。
 そのゼリーを見ていると、無性にいたずらをしたくなる。だが、人為的にゼリーを取り除くと幼虫は育たないから、実際に試したことはない。幼虫にとっては、自分たちの命をつなぐゼリーである。


tanimoto120_11.jpg カメムシは肉食性と植食性の2タイプに分かれるが、クヌギカメムシは植物の汁を吸って生きる植食性だ。だったら、ゼリーがなくなったらどうなるのだろうと心配にもなるのだが、それは大きなお世話らしい。卵まわりのゼリーには、春になって植物の汁を食料にするようになったら必要になる共生細菌が含まれていることも近年の研究で明らかになった。
 それはつまり、人間が母乳から離乳食、通常食へと切り替えるようなものだろう。周囲の植物が芽吹き、その汁にありつけるようになったら、それまでのゼリー食から植物の汁ものへとスムーズに移行できるという。それができるのは、ゼリーを通して体内に取り込んだ共生細菌のおかげというわけである。
 まさに、至れり尽くせり。幼虫たちは、顔を見ることもないカメムシ母さんに感謝、感謝だろう。
右 :ふ化して、ゼリーの栄養成分を吸っているクヌギカメムシの幼虫

 
tanimoto120_8.jpgで、キイロテントウである。
 じつは数年前から、クヌギカメムシの卵が産んであるような木の幹でキイロテントウに遭遇することが多いと気づいた。
「ははあ。この山稜みたいな凸凹のおかげで、どちらも寒さが防げるのだな」
 単純にそう考えた。冬場野菜の種まきなどで知られた「溝底は種」と同じで、へこんだ部分があれば寒さがしのげる。
 ところが昨年、クヌギカメムシの卵のすぐそばにキイロテントウがいた。
 最初は、一緒に冬を越すこともあるんだなあ、というくらいにしか思わなかった。
 そして、この冬。なぜだかクヌギカメムシの卵が多く目につき、しかもその卵のすぐそばにいるキイロテントウを4カ所で見たのである。そのうちの1匹は、クヌギカメムシの卵に覆いかぶさっていた。
 :クヌギカメムシの卵を食べているように見えるキイロテントウ。その後の現状証拠から、卵を食べた可能性が濃厚だ


 ――ん? もしかして、キイロテントウはクヌギカメムシの卵を食べるのか?
 キイロテントウ=うどんこ病菌というつながりが頭に定着しているから、新たな結びつきを加える必要はないように思えた。現に、それまで見たことがあるキイロテントウは、基本的にうどんこ病にかかった植物の葉の上でしか見ていない。それでたびたびその場所に出かけ、ほんとうにクヌギカメムシの卵を食べるのかを探った。
 なにしろローガンだから、見間違いではないのかと問われたらとたんにへなへなとなるのだが、キイロテントウはどうやら、クヌギカメムシの卵を食べている。もしかしたら、ふ化したばかりの幼虫も食べるのではないかとさえ思えてきた。


tanimoto120_9.jpg 卵を食べているようなシーンは何度か目撃した。
 別々の2カ所にいたキイロテントウは居住地を変えていないのに、クヌギカメムシの卵がその場からきれいに消えてしまった。
 幼虫にむしゃぶりつく現場を押さえることができれば良かったのだが、幼虫食の場面は見ていない。しかし、幼虫の姿も卵とともに、きれいさっぱり消えていたのだ。ふ化のタイミングは個体ごとに多少のズレがあるから、全部そろっていなくなるのはおかしい。
 専門家はもっとしっかり調べてから報告するのだろうが、プチ生物研究家はこれでいいのだ。忘れる前に記しておこう。
 :越冬場所は変わらないのに、キイロテントウのまわりのクヌギカメムシの卵は消えていた。食べたと思われる


tanimoto120_15.jpg ヘンな食志向を持つテントウムシとしては、ベダリアテントウが有名だ。ベダリアテントウは、イセリアカイガラムシだけをねらう偏食タイプとして知られる。
 クヌギカメムシは名前のよく似たクサギカメムシほど、害虫視されていない。だが、キイロテントウの維持にクヌギカメムシの卵が役立っているなら、歓迎すべきではないのか。キイロテントウがクヌギカメムシの天敵にもなっていると証明されれば、キイロテントウはもっと愛されるかもしれないと思った。
 両者のファンであるぼくは正直のところ、どちらを立てればいいのか迷ってしまう。
 でもまあ、新しいことがなんとなく確かめられて良かった。だからプチ研究はやめられないのである。
左 :イセリアカイガラムシの上に乗る天敵のベダリアテントウ。周囲には、そのさなぎや幼虫も見えている


たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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