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きょうも田畑でムシ話【118】

2023年1月 6日

寒風と遊ぶ魅惑のひも生活――ヒモミノガ  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 かさかさ。
 しばらくして......こそこそ。
 古い表現だが、草木も眠る丑三つ時。真っ暗な部屋のどこかから、何やら奇妙な音がした。
 はて、なんだろう。
 音がした方に耳を傾けるが、発信源ははっきりしない。
 ああ、そうだったと気づいたのは翌朝だ。
 散歩の途中でミノムシを見つけ、持ち帰った。それをビニール袋に入れて置きっぱなしにしていたのだ。みのから頭を出して移動しようとするときの摩擦音が、怪音として耳に入ったようである。


tanimoto118_11.jpg 「ミノムシ」とひとくくりにしがちだが、彼らはミノガ科の蛾の幼虫で、国内ではおよそ40種が知られている。今回見つけたのは最大種のオオミノガのものだ。
 1990年代半ばに中国から侵入したオオミノガヤドリバエという寄生バエの影響で、オオミノガは一時的に激減した。しかしその後、少しずつ回復しているといわれている。
 実感としては微増の域を出ないが、国内にいたオオミノガヤドリバエに寄生するハチをはじめとする天敵生物が健闘して、その中国渡来の寄生バエの増殖を抑えているという。
 オオミノガに寄生してウヒウヒしていた寄生バエが自分に寄生するハチにやられるというなんともまぎらわしい展開の結果、久しぶりにわが家にミノムシが滞在することになったわけである。
左 :ツルウメモドキの枝に張りつくオオミノガのミノムシ。残念なことにこのあと、枝ごと処分されてしまった


 その中国由来の寄生バエが話題になるずっと前、まだオオミノガのミノムシが普通に見られたころ、野外からミノムシをたびたび捕ってきた。それをビニール袋に入れて下駄箱の上に置いておいたら、あるはずの袋が消えたことがある。
 事件だ。ミステリーだ!
「ここに置いたミノムシの袋、見なかった?」
 家族に尋ねるが、だれも知らないという。
 玄関のドアを開けた瞬間に強い風が入り込み、袋を吹き飛ばしたかもしれない。それで床や下駄箱の下を探したが、どこにも見当たらない。

tanimoto118_2.jpg「おかしいなあ」
 あきらめて外出し、帰宅してドアを開け、何気なく正面の壁に目をやった。すると、なんとまあ、ミノムシの袋が天井からぶら下がって揺れていた。ドアを開けたときに空気が動き、袋の存在に気づかせてくれたのだ。
「いやあ、見つかったよ、ミノムシ」
「どこにいたの?」
 当然のやりとりがあって真相を明かすと、家族のみんなが驚いた。それはそうだろう、ミノムシは何度も採集してきたが、そんなことは一度もなかったからである。
右 :かつて逃走をはかったオオミノガのミノムシ。いくらダイエットしても、みのまではやせない


 こんな風にミノムシは、なにかと人を驚かせる。農家の人たちには害虫扱いされてきたのだが、最近はミノムシが何を食べるのか知らない人も多いと聞く。それどころかミノムシはミノムシという独立した虫だと思い込み、ミノガという蛾の幼虫が作る隠れ家だと知らない人も増えている。

 多くのミノムシのえさは、木々の葉だ。卵からかえって分散したミノガの幼虫たちは裸のまま、風に乗って新天地をめざす。そしてたどり着いたところで好みの木の葉を食べ、かじり取った葉や木の皮、小枝などを身につけてみのを作る。
 そこで再び、「ビニール袋ミノムシ」の出番となる。
 ミノムシは木の葉だけでなく、ビニールをもかじってしまうのだ。おそらくはそこから脱出しようとしてかみつくのだろうが、ビニールを少し破ったくらいでは外に抜け出せない。なぜなら、からだ全体を包むみのの方が大きすぎて、よほど大きな穴を開けない限り、外には出られないのである。せっかくのミノムシの努力に水を差すようで申し訳ないのだが、真実はそうなのだ。


tanimoto118_0.jpg  tanimoto118_1.jpg
左 :羽化して成虫になったオオミノガ。ミノムシの正体は蛾だったと知る瞬間だ
右 :ビニール袋にかみついて、脱出しようとしているオオミノガの幼虫。未遂に終わったのだけどね


 深夜のかさこそ怪音のおかげで、子どものころ大量に集めたミノムシのことも思い出した。
 あのころはミノムシが逃げ出すなんて考えもしかったから、ふたを開けたまま空き箱に放り込んでおいた。すると場所が変わったことに気づいたミノムシたちがみのから頭を出し、好き勝手なところに移動し始める。その結果、部屋のあちこちにミノムシがくっつくことになり、母親に叱られた。


 見る機会は減っても実物を知らなくても、イメージとしてのミノムシは冬の風物詩として成り立っている。そして寒風の中で揺れているといった描写をされる。
 自分でもそう書くことがあった。だが、実際のミノムシはたいてい、木の枝や幹や壁などに固定されていて、ちっとやそっとの風にはびくともしない。だからぶらんぶらんすることはまずないのだが、頭の中ではやはり、揺れてほしい。
 代表種のオオミノガも、それに似た感じのチャミノガも、ぶらんぶらんタイプのミノムシではない。枝にがっしり、くっついている。今回オオミノガのミノムシを外そうとした際も、けっこう苦労した。それほど頑丈に固定されている。


tanimoto118_3.jpg  tanimoto118_4.jpg
左 :枝をぐるっと巻くようにして体を固定したオオミノガのミノムシ。ちょっとやそっとでは、はがれない強さを誇る
右 :チャミノガのみの。これだけしっかり枝に張りついていれば、台風が来ても平気だろう


 そんな中、そのイメージは一般的なミノムシから外れるのに、「へえ、そうなんだあ」と言わんばかりに風に揺れるのがヒモミノガのみのだ。そのミノムシに数年来、興味を持っている。
 名前から想像できるように、見た目はひもだ。オオミノガ、チャミノガのみのが堅牢でごわごわした感じなのに対し、ヒモミノガのみのは柔軟で、ひもと呼ぶのにふさわしい長いみのなのである。
 オオミノガは葉を着たような感じだが、ヒモミノガは地衣類や木の皮を細かくしたものでみのをつづる。
 しかしなぜ、あんなに長いひも状にする必要があるのだろう。
tanimoto118_8.jpg ミノムシのみのが自分の身を守るため、寒さを防ぐ衣類だとすると、ヒモミノガだって、適当な長さのみのをこしらえれば用は足りる。人間の考えでは、たぶんそうだろう。
 ヒモミノガの幼虫の体長は5mmぐらい。ところがなぜか、みのは3cmも4cmもある。ざっと体長の6~8倍はある長いみの袋を編んでいる計算だ。
 それだけ長ければ、居住空間も広い。だから、外気温の変化に応じて、すこしでも暖かいところに移動して過ごすのか。それとも、外敵に襲われたとき、逃げ場が広くて生き延びる確率が高まるのか。
 みのが長ければ、天敵が幼虫にありつける確率は体長比でみて6分の1の確率にはなる。しつこく何度も攻撃されたら逃げようがないが、そこまでする天敵がいるとも思えない。
 もっとも、ひも全体が飲み込まれたら話は変わってくる。だがその前に、ヒモミノガのみのを襲うのは、どんな生き物か。それはそれで興味深い。
右 :北風を受けて揺れるヒモミノガのミノムシ。そのみのの形状からして、変わり者だ


 ヒモミノガのミノムシは、見る機会がふえている。数年前はやっと見つける印象だったが、最近はふつうに見かける。だから幼虫の顔を見たい、姿を拝みたいと思うのだが、それが意外に難しい。
 幼虫が散歩中ならいいのだが、そういう奇特なヒモミノガには出会わない。それで何度か採集して飼ったのだが、なかなか姿を見せてくれない。
 だったら気の毒だが中をのぞかせてもらおうと、みのを開いたこともある。ところがたいていは、見つからない。空き家だったとあきらめるしかない。幼虫は付着した木の中に入っていることも多いようだから、もともと空っぽであることも多いようだ。


tanimoto118_6.jpg だがしかし、何度も出かけて、何度も見ていれば、幼虫が頭をのぞかせている場面に出くわすものだ。
「しめしめ、うひひ」
 大いに喜び、カメラのシャッターを切った。
 見た感じは、なるほどミノムシだ。オオミノガのミノムシそっくり、大好きな「ツヅミミノムシ」ことマダラマルハヒロズコガのみのから頭を出した幼虫にそっくりだった。ミノガ類の幼虫を知っている人が見たら、「こいつはミノムシだ!」と叫ぶのはまちがいないだろう。
左 :やっと見られたヒモミノガの幼虫。この感じはマダラマルハヒロズコガの幼虫にそっくりだ


 ヒモミノガも蛾だから、幼虫はいつかさなぎになり、羽化して空に舞う。それで成虫もいつか、見たいと思っている。
 木の幹でひも的な生活を送るヒモミノガだが、その生き方は意外に慎重だ。しばらくは、風に揺れるひもから目が離せそうにない。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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