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きょうも田畑でムシ話【112】

2022年7月 6日

キンバエ――見かけによらぬ功労者  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 いやあ、うれしい。
 ついに念願のハエを手に入れた。
 なぜかといえば、農業の手助けをするハエをしっかり見てみたいという思いがあったからだ。
tanimoto112_1.jpg たかがハエだ。何もしなくても、勝手に飛んでくる。しかも見たいと願っていたのはキンバエだから、それまでにも何度も、どこかで目にしている。
 ハエは、一般的に嫌われ者だろう。この世のあらゆるバイ菌を抱えていそうで、あっちへ行ったりこっちへ来たりして、しつこいくらいに悪いものをばらまいていく。だから、ハエがふれたものはもはや捨てるしかないではないか。
 ――といったイメージが一般に持たれている。衛生面にかかわる昆虫ということで「衛生昆虫」と呼ばれていた時代はともかく、呼び名がアップデートされて「衛生害虫」となり、よりストレートに衛生を害する虫であると伝わるようになった。ハエは、そのなかでも看板スターのように扱われている。
 だが、人間の生活環境は大きく変化し、屋内でハエの姿を見る機会はまれだ。かつては「家庭内昆虫」とまでいわれたのに、今は昔の感がある。
右 :ようやく羽化したヒロズキンバエ。待ち望んだハエだと思うと、誕生を祝いたくなる


tanimoto112_2.jpg そんなことを考えながら、いつものように、田んぼや畑に続く道を歩いていた。
 その道のわきに、ハギのようなニセアカシアの若木のような植物があった。
 ――ん?
 いつかどこかで見たような気がするが、すぐには名前が出てこない。それもそのはず、最近はめっきり減ったといわれるクララだった。
 いかにも洋風のクララという名前は、根をかじると、くらくらっとめまいがするところから生まれたとか。クララさんという名の外国女性にちなむものではないのだ。どこから根をかじる発想が生まれるのか知らないが、アルカロイド系の成分を持つ薬草だというから、毒草の一種とみてもいいのだろう。

tanimoto112_3.jpg 先人はこの植物を使いこなそうと考えた。全草をせんじてハエの幼虫であるうじ虫退治に使ったり、家畜の寄生虫駆除に用いたりした。乾燥茎葉は畜舎の敷き草にもし、ノミよけになったとも聞く。

 同じような植物がハエドクソウだ。この植物もめったに見ることはないが、外見はぱっとしない。それでもその名の通り、ハエたちにとっては毒となる植物だ。煮汁を紙にしみ込ませてハエとり紙をつくったそうだが、試してみたくても実験に使えるほどの材料が集まらない。
 何はともあれ、そうした自然界にあるものを使って自然界の厄介者をやっつけようという発想はたいしたものだ。
左上 :散歩道で見つけたクララ。ちょうど花が咲いていた。なるほどマメ科だ
右 :ハエドクソウ。地味すぎて、記憶に残りそうにない植物なのに、先人はこれさえも利用しようとした。脱帽だ


 いかんいかん。ハエの話をするとどうしても、駆除する方に話がいってしまう。
 ハエに、長い迫害の歴史があったのは事実だ。過ぎ去った昭和の時代を懐かしむ声が日増しに大きくなっているように感じるが、ハエはかつて、せん滅の対象でしかなかった。
 それは、否定できない。まずは人間が健康で生活できる環境にすることが重要だろう。
 ハエをやっつけようと訴えるポスターがあちこちに貼られた。大掃除を一斉にしようと呼びかける時代でもあったから、号令一下、にっくきハエはハエたたきで叩かれ、薬をぶっかけられ、ハエ取りリボンのえじきになった。
 そして、うちはこれだけ退治したと誇らしげにアピールする声があちこちから上がった。たくさん捕獲すれば報奨があるというので、人々が集めたハエを役場から盗み出し、それを持ち込んで賞金をせしめたハエ以上のワルさえ現れた。


tanimoto112_5.jpg 悪口ばかり耳にするが、ハエは昆虫界の進化系だ。4枚ばねの後ろ2枚は退化して平均棍と呼ばれる器官になり、体のバランスを取るのに用いられる。その飛行スピードは絶大で、農業害虫の中でもトップクラスだ。
 ハエは完全変態の昆虫だから、卵から幼虫、さなぎを経て成虫になる。その途中形態の幼虫・うじ虫は、いやらしいモゾモゾもそもそとした動きがまた嫌われる。
 しかし、時代が変われば同じ虫に対する見方も変わる。あんなに嫌われたうじ虫だって、家畜のえさにしようという動きがある。「マゴットセラピー」という呼び名で、糖尿病患者を救う救世主としても注目されている。
 こうしてみると、好きとか嫌いというのは紙ひとえであり、まったく一方的な見方に立つものでしかないと思えてくる。
左 :ヒロズキンバエのさなぎ。見慣れたハエのものらしいさなぎで、「囲蛹(いよう)」と呼ばれる


tanimoto112_6.jpg で、ハエである。
 ハエが自然界で植物の授粉にかかわることは、以前から知られていた。ところがいまはそのメリットに目を向け、医療用に使っていたハエをさらに増殖させて意図的に農業生産に活用しようという時代になってきた。
 ハエが作物の花から花へと飛びまわる図を想像すると、いやーな気分になる人も多い。ハエが命を救ってくれる、うじ虫が失いかけた足を奪い返してくれるといくら聞いても、自分がその立場にならないと、いまひとつピンとこないものである。

 ハチだって同じだ。人を刺すこともある虫なのに、古い時代からはちみつは珍重されてきた。その歴史をいまも引き継ぐ一方で、作物の授粉にも力を貸してもらっている。人間は自分たちの都合に合わせて、生き物の力のいいとこ取りをしているのだ。

 外国で「ハンターフライ」の異名を持つメスグロハナレメイエバエはハウスの中で、飛びながらコナジラミやハモグリバエなどの害虫を捕まえる。言うなれば、フライイング・キャッチャーだ。
 そんな奇特なハエがいるなんて知らない人がほとんどだし、そんなハエを増やして利用するなんて、なかなか思いつかない。だが現実は想像を超え、ハエとの業務提携を模索している
右上 :「ハンターフライ」の異名を持つメスグロハナレメイエバエのメス。たしかに両の目が離れているね


tanimoto112_7.jpg そんなこんなでわが家にお越しいただいたハエさんは、ヒロズキンバエという金属光沢を放つハエだった。イチゴやマンゴーなどの授粉作業で評価されている。
 わが菜園にもイチゴがある。いくらかでも早い時期に食さんともくろみ、ハウスもどきの中に栽培プランターを入れていた。その甲斐あって、外に置いたものよりはいくらか早く実をつけた。
 ナメクジは寒い季節に繁殖する。そしてイチゴが結実すると知るやすぐさま寄ってきて、なめつくし、かじっていく。毎年それを繰り返してきた。そこで昨秋は、目につくヤツラをひっ捕らえ、二度と寄り付けぬようにしてやった。土もいくらか乾き気味にして。
 すると幸いにも数が減り、ここ数年来なかった収穫が実現した。その勢いを得てヒロズキンバエによる授粉計画も......となれば万々歳なのだが、なんともはや間の抜けたことに、開花期はすでに過ぎ、するするとランナーを伸ばしている。
左 :イチゴの花。キンバエにはこの花の花粉を運んでほしかった。タイミングが悪かったね


 「とにかく、スゴいですよ。争うようにして、ひとつの花に群がるんです」
 「立派も立派、見上げた働き者ですよ。どれもこれも、なんともきれいな形の実になりましてね」
 しかるべき時期に授粉させた知人は、イチゴでの利用は大成果をおさめたと喜ぶ。だがそれはあくまでも、わが家ではないハウスでの活躍だ。もう少し早く思い立てば自分の目で確かめられたのに、なにごとにもタイミングがあることをいまさらながら思い知った。


tanimoto112_8.jpg わが家のハウスもどきにはミニトマトとミツバが植わっている。トマトの花にもとまるが、イチゴで聞いていたような働きは見られなかった。
 ミツバには小さな花が咲いていて、キンバエたちは、その花には興味を示した。しかし、ミツバのタネが充実しても、それほどの感激はない。放っておいても毎年、こぼれ種で増えているからだ。ということでわが家のハエ授粉計画はあっけなく幕を閉じた。
右 :ミツバの花のみつを吸っているようなヒロズキンバエ。それは特にお手伝いいただかなくても......こぼれ種で増えるんですけど


 なんともさびしく恥ずかしい話となったが、大量のさなぎから次々と誕生するハエを見る機会なんて、滅多にない。光を反射させてキラキラと輝く姿は堪能した。そしてなにより、その雄姿をカメラにおさめることだけはできた。でもそれを、成果と言っていいのだろうか。
 いやいや、それでいいのだ。無菌施設で育ったハエだそうだから、昭和のバイ菌運搬物語とは別のストーリーがあることを、なんとなく実感できた。次の機会には、寒さにも暑さにも強いハエの実力、奇形とは無縁のイチゴ果実を見せてもらおうではないか。
 というところで、とりあえず話を終える。
 キンバエは金色のハエだった。
 これでいいんだよね?

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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