MENU
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2022年5月10日
ジャノメチョウ――謎めく目玉ひらひら
「虫の擬態が今回のテーマなんですが......」
そんな依頼が新聞社からあった。子ども向けに、擬態の例を紹介してほしいという。
「つまり、虫のものまねといったことですね」
「そうそう。それでお願いします」
とはいえ、ものまねというと幅が広すぎる。鳥や虫の鳴き声をまねる芸があれば、動物や有名人の動作をまねる形態模写もある。虫の擬態にしても、別の虫になりきるものや周囲の風景に溶け込むようなもの、逆に目立つことで危険な虫であると警戒させるようなものまである。
したがって、「ものまね」というと語弊があるのだが、先方ももちろん、そんなことは承知の上だ。ものまねでないとわかっていて、ものまねという言葉に擬態させているようなフシがある。まさに、テーマに沿った物のたとえというわけである。
意外に思えるが、テントウムシはあれで、なかなかのつわものだ。あしの付け根から苦い汁を出し、天敵である鳥たちに自分がまずいことをアピールする。そのあやかり組の一例が畑でよく見るカメムシの一種、ナガメだろう。
赤と黒のデザイン。からだが平べったいことを気にしなければ、テントウムシに似てなくもない。
それにしてもと気になるのは、そんなに多くの鳥がテントムシ食の経験を持つとも思えないのに、鳥族がテントウムシを避けるという理屈だ。その謎を解くためには、鳥語をマスターしなければならない。
右 :テントウムシに擬態しているともいわれるカメムシの一種、ナガメ。菜の花が咲くころ、どこからかやってくる
そんなナガメの卵を見て、いつも不思議に思うことがある。麻雀牌のピンズに似ていることだ。
10個か12個であることが多いのだが、2列に並ぶのでイメージとしては8を意味するパーピンだ。横から見た感じは、壺や茶わんむしの器のようでもある。
だがしかし、なぜそのようなデザインが必要なのか。卵のカプセルなのだし、幼虫がふ化すれば用済みになる。イモムシ型の幼虫だと卵の殻を食べることもあるが、カメムシのあの針のようなくちではそれもできない。
だったら、無駄な意匠をほどこすまでもないだろう。それなのに、奇抜な模様が描かれる。
左 :麻雀牌のようなナガメの卵。数はともかく、パーピンを思わせる
同じように気になるのが、ジャノメチョウ類のはねにある目玉模様だ。
ジャノメチョウの仲間は国内に二十数種いるらしいが、地味なので全部を見たいという気持ちにはならない。
派手な装いを避け、茶色を基調にした色合いで統一することを仲間内で談合したのだろうか。唯一アクセントになるのが、それぞれが持つ目玉模様というわけである。
花にとまっているジャノメチョウを見ることもある。だが、撮影した写真を見返すと大半は葉の上だったり、地面だったりする。それどころか、獣ふんに集まるところをとらえた写真もある。そのほかには腐った果実、動物の死がいなどにも寄っていく。
飛び方から彼らの心理を探るのは至難のわざだが、ぼくにはルンルン気分でウンチに集まっているように感じられる。ハエも似たような好みがあるが、動きがすばやいせいか、感情までは読み取れない。
左 :白い花のみつを吸いにきたヒメウラナミジャノメ
右 :獣ふんに群がるジャノメチョウの仲間。ヒカゲチョウだろうか
そんな習性を持つジャノメチョウの目玉模様はさて、なんのためにあるのか。
一般的には、天敵である鳥などの攻撃から身を守るためだといわれている。そのために目玉は、はねの縁に近い部分にデザインされている、と。
なるほど。ピンズのような目玉模様が、はねの中心部にある胸や腹から離れた位置にあるというのはまちがっていない。
護身のためにはその位置が重要だそうで、鳥のくちばしがはねにかかる際、その目玉模様をジャノメチョウの顔と認識するというのが通説だ。そこを目印にして、くちばしではさみ込むという見方である。ジャノメチョウのはねの目玉模様のあたりを食いちぎられるが、本体部分である胸や腹は守ることができる。肉を切らせて骨を断つではないが、重要な部分は傷つかない。
それを証明するようなジャノメチョウを何度か見た。はねの片側一部分だけ欠けたものがあれば、はねを閉じているときに食いつかれたのか、左右とも同じ場所が欠けているものもいた。そうしたはねのダメージをくちばし(ビーク)にちなんで「ビーク・マーク」と呼ぶが、それで命拾いできるなら、蛇の目効果を認めないわけにはいかぬ。
右 :ヒメウラナミジャノメ。目玉襲撃説をなんとなく裏付けるようなはねの欠け方ではある
ジャノメチョウ以外にも目玉模様を持つチョウはいる。鳥の好みはともかく、ヒトの目から見ればジャノメチョウよりもずっとあでやかで目につきやすい目玉模様のチョウも少なくない。
たとえばクジャクチョウはどうだ。赤いはねに、大きな目玉がついている。
沖縄で見たタテハモドキにも大きな目玉模様がある。その青色種ともいえるアオタテハモドキの目玉の配列は、ジャノメチョウのものに似ている。しかもはねの色は、海を思わせる青い色だ。鳥はともかく、ヒトの心を惑わすのには十分な魅力を備えている。
そうした色彩的に目立つチョウこそ鳥にまっ先に襲われそうに思えるのだが、傷ついた個体はあまり見ない。
鳥が目玉模様をターゲットにするのは、そこが獲物の弱点だと考えるためらしい。目つぶし作戦に出て前後不覚に陥らせ、それからごちそうにあずかるという魂胆だろうか。
左 :赤いはねに大きな目玉模様を持つクジャクチョウ。同じ蛇の目でも、ジャノメチョウよりずっとあでやかだ
右 :海の青さをイメージさせるアオタテハモドキの雄。目玉模様ははねの縁に並んでいる
あらためて、クジャクチョウやタテハモドキの目玉模様の位置を見る。
ジャノメチョウと同じような位置にある。ちがいがあるとしたら、目玉のいくつかがジャノメチョウのものより大きいことか。
タテハモドキは褐色系のはね色であり、ジャノメチョウは灰色がかった薄茶色系が多い。そのせいもあるかもしれないが、ぼくの目にはタテハモドキの後ろばねにある目玉模様はより大きく、より目立つように見える。
そう考えると、小さい目玉の方が抵抗なく襲うことができそうだが、断定はできない。鳥の種類にもチョウの種類や雌雄の模様によっても差は生まれそうだ。
したがって数少ない出会い体験談からの想像となるのだが、目玉模様の大小でビーク・マークに大きな差が生じるとは思えない。
撮影時に気づかなかったタテハモドキのはねの一部は、片側だけ深い切れ込みが入っていた。大目玉・小目玉でいえば、大目玉にかみつこうとした鳥がいたということだろう。
一方で、新たな疑問もわいてくる。左右対称でビーク・マークがあれば、常識的に考えて、はねを閉じているときにくちばしではさまれた跡だとみていいだろう。ということは、はねの裏側の模様が意味を持つ。
「こいつの弱点は、あの目玉だな。よーし、まずは目ン玉をつぶしてやろう」
そんなふうに鳥が考え行動した結果がビーク・マークとして残る。
片側しか欠けていない場合は、はねを開いていたときに襲った可能性が高い。閉じているときにかみついたものの、チョウが逃げようとしてパッとはねを開いたことで片方のはねだけ傷つくこともあり得るが、確率的には両側ダメージよりも小さい数字になるはずだ。
左 :片側一部分のはねが欠けていたリュウキュウヒメジャノメ。これなら、はねを開いているときに襲われたとも考えられる
右 :前ばね、後ろばねとも欠けたヒメウラナミジャノメ。一度に欠けたとしたら、どんな状況だろう。難解だ
それで仮に、はねを閉じたチョウを襲う鳥をイメージする。
と、さて、1本の線のように細く閉じたはねを、鳥は自分の頭を横向きにしながら、しかも飛びながら襲うのだろうか。人間的にはけっこうしんどい体勢だ。
しからばというので立ったはねの横側から突き進めば、穴は開けられても、くちばしではさみ込むのはこれまた難しい。
それでもたしかに、ビーク・マークは存在する。
となればやはり、はねを開いた状態のチョウがねらわれるということか。
でもそうなると一度に、2枚のはねの同じ位置にかみつくことはできない。第一、そこまで待ってくれるおひとよし的なチョウはいまい。
外国のフクロウチョウは巨大な目玉模様を持つ。アケビコノハやセスジスズメは、成虫よりも幼虫の目玉模様の方がずっと強烈だ。鳥たちがそれを目にすれば、「なんかヤバそう......」としり込みすることはありそうだから、警戒を発する効果は認めるしかない。実験で試した例もよく知られる。
でもそうではなく、襲うのだ。襲われたとみられる証拠のチョウもたびたび見つかるのだ。突入する襲撃角度を真剣に調整しつつ、それほど食用部分があるとも思えない、しかも地味系のジャノメチョウに目を付ける鳥がそんなにも存在するのだろうか。
右 :裏側から見たフクロウチョウの目玉模様。上下をひっくり返すと、フクロウの顔により近づく
ジャノメチョウの農業への貢献度はそれほど高くない。若干の授粉効果は期待できるにしても大きくないし、逆の被害も甚大になることはなさそうだ。ジャノメチョウの最大の特徴はなにしろ、名前の由来でもある蛇の目紋なのだ。
だったらその目玉模様はいったい、なんのためにあるのだろう。
それだけ気になっても、わざわざ見たいとは思わない。たまたま遭遇したものを写真におさめる程度だ。そう考えるとジャノメチョウにちょっぴり、あわれみを感じる。
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。