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きょうも田畑でムシ話【106】

2022年1月12日

ムラサキシジミ――A面だけのスパンコール  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 北風と太陽の話を持ち出すまでもない。
 冷たい風にさっさと諦めてもらうなら、ふだんはただ付いているだけのファスナーや襟に、その役目を果たしてもらえばいい。
 ミノムシの気持ちが、このときばかりはよくわかる。寒い冬をしのぐには、防寒具が何よりもありがたい。
 中国からやってきた寄生バエによって激減したオオミノガはやはりまだ、復活していない。少なくともぼくの散策路では、探すのに苦労する状況がずっと続いている。その一方で前にもまして目にするようになったのがヒモミノガだ。
 ひものように細く、長さは3cm前後。風に吹かれて、ゆらゆらとその身を揺らす。ヤマンバの髪の毛にもたとえられるが、ヤマンバに会ったことはないので、どの程度似ているのかはわからない。
 ミノムシの一種だから、みのの中にはその本体であるミノガの幼虫が入っている。ただ、細くて小さいこともあり、なかなか見られない。ひも状のみの自体は何本も見つかるのだが、幼虫を見るのは意外に難しい。


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左 :やっと見つけたオオミノガのミノムシだったのに、幼虫はさっそく、脱出をもくろんでいる。ツレないね
右 :この細いみのの中にヒモミノガの幼虫がいるが、頭がちょっと見えるだけ。寒いから仕方がないのかなあ


 ぼくの目はローガン仕様だから、見のがしている可能性は十分にある。若い人が見たら簡単に見つかるかもしれないと思うと、ちょっぴり悔しい。
 それでもなんとかして中を見てやろうと、何度か持ち帰った。
 しかし、ひもの太さは1mmあるかどうか。それを切り開いて見るのも、なかなか大変だ。結局は目ン玉の機能性が、ぼくにとっては大きな壁となっている。


tanimoto106_4.jpg それに比べると、クズの葉痕探しはなんでもない。つる性のクズはいたるところにあると言ってもいいくらい、数が多いからだ。その長い長いつるを見ていくと、サルの顔のような葉痕がいくつも見つかる。
 その表情がまた面白い。怒ったような顔があれば、泣き顔、笑顔がある。そんなあれこれをいくつか見てまわると、あっという間に時間が過ぎていく。
右 :クズの葉痕。こうして並べると、表情のちがいがわかる


 寒くなると見られる生き物も限られるが、前から気になっているのはムラサキツバメだ。
 ツバメといっても鳥ではない。シジミチョウの一種である。似たようなチョウにムラサキシジミがいて、ムラサキツバメとの大きなちがいは尾状突起があるかどうかだ。
 「ムラサキ」の名が示すように、はねの青いきらめきが実に魅力的だ。光を反射してキラキラと輝き、見る者を魅了する。
 ぼくが暮らす千葉県のような暖かい地域では、ムラサキツバメに出会う機会がふえている。幼虫がえさにするブナ科の常緑樹・マテバシイの街路樹もよく見るから、そんなことも影響しているのかもしれない。
 ムラサキシジミは、同じブナ科でもまたちがった樹木を利用する。スダジイやアラカシだ。場所によっては、落葉樹のクヌギやコナラの葉もえさにする。
 選択肢が多い分、ムラサキツバメより有利なように思える。クヌギやコナラでもいいなら、わが家の周辺にもやたらと生えている。彼らが食うのに困ることはなさそうだ。


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左 :ムラサキツバメにはツバメらしい尾状突起がある。素人目にはそれだけのちがいでムラサキシジミと差別されている。いや、区別かな?
右 :はねを広げたら、名前の由来に納得のムラサキシジミ。きらめく青に圧倒される


 この2種は、成虫で冬を越すチョウとしても知られる。インターネットで検索すると、常緑樹の葉に身を寄せる個体が何匹も見つかる。
 昆虫ファン、チョウ好きが見つけて紹介しているものだが、これまた悔しいことに、ぼくはまだ、見つけられないでいる。
 それはローガンとは関係がない。ぶらりと出かけて目についたものを写真に撮って満足しているぼくと、熱心なファンとの情熱のちがいだろう。
 だから、彼らに遭遇するのは、冬将軍がやってくるまでの暖かい時期がもっぱらだ。顔なじみのシジミチョウは限られる。この2種のように青いきらめきを持つものがいれば、すぐに気がつく。


tanimoto106_8.jpg いつかは、死んでいるムラサキシジミを拾った。オオムラサキやコムラサキも同じようにして見つけたことがあるが、ああした大きなチョウの輝きとはまたちがった印象がある。
 それで、拡大写真も撮った。りん粉ということばは当たり前のように使うが、実際にはねに散らばるようにして張りつくりん粉を見ると、感慨もまたひとしおだ。青いきらきらのスパンコールを施した衣装を見るようで、心を奪われる。
右 :ムラサキシジミのりん粉。見事な天然のスパンコールだ


 はねを閉じたムラサキツバメは、何ということもない地味なチョウだ。 それでもツバメであることを示すように、ちいさなしっぽがちょこんとくっついている。
 それを見て思うのは、ウラナミシジミだ。ぼくが身近で見る尾状突起を持つシジミチョウといえば断然、ウラナミシジミだ。
 はねを閉じると、さざ波のような模様が見られる。はねを開いても閉じても見るに値するシジミチョウということでは、ムラサキツバメやムラサキシジミよりも上かもしれない。


tanimoto106_14.jpg ウラナミシジミの後ろばねには、尾状突起だけでなく、オレンジ色の小さな目玉模様もある。
 それにちなんだあだ名が「にせの頭を持つチョウ」。そのはねをときどき、上下にちらちらとすり合わせるような行動をとるから、そそっかしいカマキリやクモはそこが頭だと勘違いする。なんともよく考えた衣装ではある。
 ムラサキツバメもムラサキシジミも、本名以外を聞いたことがない。はねを開かない限り評価してもらえないとしたら、いささかさびしい。
左 :尾状突起なら、ウラナミシジミにもある。しかも、閉じたはねのデザインもしゃれている


 それにしてもなぜ、ムラサキツバメやムラサキシジミは、片面しか美しくしなかったのだろう。外敵から身を守るという観点では、間違っていない。だがA面だけでなく、できればB面にも気を使ってほしかった。青の輝きに自信を持ちすぎ、サービス精神を欠くように思える。

tanimoto106_11.jpg どうせ付き合うなら裏表のない人間の方がうれしいが、はねの裏と表がはげしく異なるチョウは多い。
 たとえば、ウラギンシジミがそうだ。名前からして、表ではなく、裏を強調している。はねを閉じれば地味なチョウも多いからか、ウラギンシジミの場合は「えへん。オレさまは裏地が銀だぞ、金ではないけどな」なーんて強調しているように思う。ゴールドの次に価値があるのは確かに、シルバーではある。
 ウラギンシジミも成虫で越冬することが知られていて、ムラサキツバメやムラサキシジミには出会えなくても、冬越し中のウラギンシジミなら何度か見ている。緑の葉っぱに銀色のはねでとまっているので、見つけやすい。それに比べると、ムラサキツバメ、ムラサキシジミの茶色のはねはわかりにくい。
右 :冬越し中のウラギンシジミ。緑の葉に銀色のはねでとまるから、見つけやすいね


 それはともかく、この冬こそは!
 珍しく強い意気込みを持って、いつもの林に行ってみた。
 するとさっそく、目の端に何やら飛び込んできた。チョウだ。しかも、かなりの大物である。
 シジミチョウでなくてもなんでもいいのだ。とにかく、この寒い冬に舞うチョウがいれば、なんだっていい。
 運よく、倒木に舞い下りた。そっと近づくと、夏にも見ているクロコノマチョウだった。たまたま白っぽい幹だったからすぐにわかったが、落ち葉にまぎれると探すのは厄介だ。ジャノメチョウの仲間なので、色が地味すぎる。
 それでも、はねを広げれば手のひらぐらいあるチョウだ。見るものが少ない冬の時期に出会うと、やっぱりうれしい。


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左 :クロコノマチョウ。はねの色と異なるところにとまってくれた。やさしいね、キミは
右 :「はがきの木」として有名なタラヨウの実。赤い色が緑の葉によく映える


 冬だからしかたがないのかもしれないが、地味系が多すぎる。
 そう思ってやってきた田んぼ近くの公園で、目が覚めるようなものに出会った。
 一気に明るさが増した。いっそく飛びに、別世界にやってきたようなイメージだ。
 ピラカンサ、マンリョウの赤い実に加えて、タラヨウのオレンジ色の実までぼくを出迎えてくれたのである。
 青いスパンコールもいいが、こうした明色もすばらしい。
 ――いいな、いいな。
 新しい虫たちとの出会いを予感した。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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