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2021年11月 8日
バッタ――遠のく「波太波太」
稲刈りを終えた田んぼを歩くと、バッタが慌てたように飛び出してくる。そんなに逃げなくてもいいと思うのだが、バッタはせっかちな虫である。
考えてみれば、バッタというのはおかしな名前だ。古文書には飛ぶ時の音から「波太波太(はたはた)」と記されていて、はたはた→はったはった→ばったと、時代とともに変化したのだといわれている。
その「波太波太」の正体は何かというと、ショウリョウバッタのことらしい。
それはうなずける。緑色と褐色の2タイプがあり、あしの長い大柄のバッタだ。ただし、大きいのはメスで、オスはメスよりも小さく、飛ぶ時に音を出す。だから昔の人が認識していた「波太波太」は、ショウリョウバッタのオスと解釈していいだろう。
右 :シュロの葉でつくったバッタ。でも、バッタはなぜ、「バッタ」と呼ぶのだろう
いまでも、ショウリョウバッタのことを「ハタハタ」と言う人がいる。その呼称がこの先いつまで残るのかわからないが、虫の方言がどんどん消えている時代だ。なんとかして生き延びてほしいと願うばかりである。
飛ぶ時に音を出すショウリョウバッタのオスは、「キチキチバッタ」と呼ばれることが多い。原っぱで、何かに驚くと慌てたようにキチキチという音を出して飛んでいく。
ところがインターネットで何かを調べていたとき、「チキチキバッタ」という表記をたまたま目にした。おそらく、「キチキチバッタ」の書き間違いなのだろうと思った。
だが、その後も気をつけていると、「チキチキバッタ」という表現は意外に多い。その説明には、ショウリョウバッタのオスだと書いてある。鳴きながら飛ぶ音がチキチキと聞こえるからチキチキバッタになったのだと解説したものもある。
「キチキチバッタ」に慣れ親しんできたぼくにとって、新鮮な驚きだった。そういえばツクツクボウシの鳴き声をぼくは「オーシン・ツクツク」と覚えたが、そうではなくて、名前の通りに「ツクツクボーシ」と鳴くという説明も目につく。だからバッタについても、土地によってはそんなこともあるだろうということで、とりあえず一件落着とした。
左 :俗に「キチキチバッタ」と呼ばれるショウリョウバッタの雄。茶色も緑色の個体も、草むらに紛れ込んだら見つけにくい
右 :ツクツクボウシ。子どものころ、このセミはオーシン・ツクツクと鳴くと覚えたから、いまだにそう聞こえる
しかし、話はまだ終わらない。この「キチキチバッタ」というバッタはショウリョウバッタではなく、別のバッタだったという記載を新たに見つけたからである。
そこにはショウリョウバッタモドキの旧名であると記されていた。
――ショウリョウバッタモドキだって?!
もはや「チキチキ」と「キチキチ」の呼び方の違いどころではない。ショウリョウバッタモドキは鳴かないが、外見や大きさはショウリョウバッタのオスに似ている。
ショウリョウバッタモドキがなぜ「キチキチバッタ」と呼ばれていたのか。その理由は、ほほえましい。かつての名前は、キチキチと鳴く虫だと認識されていたことによる命名だったのだ。
ところが実際には鳴かないことがわかり、それなら鳴くことができるショウリョウバッタの「モドキ」ではないかということで、改名したという。旧名をつける際にわかっていても良さそうなのにという気がするが、似たような例はきっと、まだあるのだろう。
右 :ショウリョウバッタモドキ。確かにショウリョウバッタに似ている。と思ってながめていたら、前あしで頭をかくようなしぐさを見せた
ここ数年、原っぱの減少とともに、ショウリョウバッタを目にする機会が減っている。だからまさに「少量バッタ」なのだが、それでも幼虫はまだよく見る。ぼくに見つからないところで生きていると思いたい。
一方のショウリョウバッタモドキは、ショウリョウバッタよりも確実に少ない。県によっては、絶滅が心配される虫の仲間に入れている。そんなこともあって見つけるたびに写真を撮るのだが、うまく撮れた試しがない。
つい最近も、家で飼うヒキガエルのえさ探しに出かけた先で見つけた。夏の間は庭にやたらといるコガネムシを与えていたのだが、涼しくなったせいか、たまに小さなハナムグリを見かけるくらいになっていた。それではひもじかろうと思い、田んぼに出かけたら、ショウリョウバッタモドキが見つかったという次第である。
とはいえ、減少しているショウリョウバッタモドキをえさにするのは気が引ける。写真だけ撮って、逃がしてやった。
左 :水稲の葉を食べるイナゴ。これこそまさしく、「稲子」の正しい姿だ
右 :ツチイナゴの幼虫は緑色。成虫になると、枯れ葉に似せるためか茶色になる
探せばイナゴぐらいいるだろう。そう思い、稲刈りの後の田んぼやあぜ、その周辺の草むらを探った。すると思惑通り、イナゴやツチイナゴが何匹も飛び出してきた。
ショウリョウバッタのオスも何匹か見つけた。イナゴはコバネイナゴとハネナガイナゴに分かれるが、名前の通り、はねが長いか短いかによる違いである。
このあたりには、ハネナガイナゴが多いようである。地域によってはハネナガイナゴが減っていると聞くが、この辺はまだ、良い環境が保たれているのかもしれない。
といいながら、イナゴをじっくりと見たことがない。面白半分に、腹側の顔のような模様を見たり、のどちんこを確かめたりするくらいだ。
のどちんこというのはもちろん俗称で、のどぼとけともいわれる。いずれにせよ、以前はそれがあることでイナゴ科の虫だとわかる、とされていた。
左 :ハネナガイナゴ。おしりの先よりも長いはねを持つ
右 :イナゴの「のどちんこ」。実際にはあしの付け根だが、なるほどと思えるネーミングだ
「バッタ」といっても、種類は多い。だからどんなものがいるかを知ることで、環境診断ができる。地域によってはショウリョウバッタモドキやハネナガイナゴが減少傾向にあることを考えると、それもうなずける。
稲刈りが始まると田んぼの中にいたイナゴたちは、刈り取り前の稲株に移動する。そこも刈られると今度は、周囲の草むらに逃げ込む。そうやって避難した先に自分たちが食べる草があればいいが、それがないような環境だと悲惨だ。種の維持が難しくなる。
ぼくが通う田んぼで、多すぎて困るというほどのイナゴを見ることはない。それでも農薬の使用は控えているようだから、虫たちにとってはまずまずのすみかになるのだろう。
このあたりの稲作は、すべての田んぼで続いているわけではない。ススキやセイタカアワダチソウが繁茂する休耕田もまばらにある。
バッタにはススキ、オギのようなイネ科植物を食草とするものと、そうでない植物を食べるものがいる。ススキがあるのはいいにしても、セイタカアワダチソウだらけになったら、イネ科植物を食べるバッタたちは生きにくい。
ともあれ数匹のバッタを捕まえて、ヒキガエルに与えた。
わが家のヒキちゃんは、獲物が動くところを見ないと、自分のえさだと気づかない。じっとしていたバッタは、何の前ぶれもなく、あの太くてたくましいあしでぴょんと跳ねる。そうなったらもはや、ヒキちゃんのかなう相手ではない。
寒くなると、えさになる虫が減る。だから、食べにくいとわかっていてもバッタを捕まえるようになる。そのいのちをいただくことで、なんとか生き延びることができるのだ。
「涙目のバッタ」として紹介することの多いツチイナゴは、イナゴよりも見つけやすい。散歩道を歩きながらクズの葉に目をやると、そこに何匹もいる。幼虫時代は褐色だが、成長すると緑色になり、成虫のまま冬を越す。
「血吸いバッタ」ことクビキリギスも、ツチイナゴと同じように成虫で越冬する。わが家でも物置の陰や手づくりのハウスもどきの中で見ることがあるくらい、なじみのあるバッタである。
そのクビキリギスを見つけても、ヒキガエルに与える気にはならない。「血吸いバッタ」の名前の由来でもあるくちの赤いところを確かめ、写真を撮れば、それで終わりにする。
つるつるしているせいか、手にしたくないのだ。でもそのおかげで命拾いできるのだから、つるつるであることは、最強の天敵である人間からすんなり逃れるための知恵なのかもしれない。
バッタだからといって、はたはた、ジタバタするとは限らないのである。
右 :クビキリギス。名前の由来は、かみついたら自分の首がもげても離さないから、とか。「血吸いバッタ」のあだ名と由来、どちらもインパクトがあるのは確かだ
プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。