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きょうも田畑でムシ話【96】

2021年3月 8日

微小昆虫――ヤツデ王国の奇妙な住民  

プチ生物研究家 谷本雄治   


tanimoto96_0.jpg 好天に誘われて、近所の田んぼや畑のまわりを歩いてみた。部屋に閉じこもりっぱなしだったから、空に広がる青空を見るだけで気分がいい。
右 :久しぶりの青空。白い雲も適度に浮かんでいる


 さっそく目に入ったのがモズだ。
「そういえば、このあたりで、カナヘビのはやにえを見つけたと言っていたなあ」
 家族に聞いたばかりの話を思い出した。散歩をしていて、ふと目をやった先の木の枝に刺さっていたというのだ。
 そのモズをしばらく観察していると、地面にときどき舞い下りては何かをさぐり、すぐまた木の枝にとまる。それを何度もくり返している。
 地面にいるとしたら、ミミズだろうか。
 だが、くちには何もくわえていない。
 20分ほど付き合ったが、同じことしかしていない。あきらめて場所を移した。
 マンサクやスイセンの花が咲いていた。本格的な春も近いようだが、桜が咲くまではなんともいえない。寒い日もまだ多い。


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左 :モズ。しばらく付き合ったが、えさを捕った様子はない
右 :ほかの花に先がけてまず咲くから、葉より先に花がまず咲くから、マンサクだとか。正解はどっちかなあ


「そういえば宿題があったなあ」
 ふと思い出したのが、トランプゲームの「神経衰弱」まがいのヤツデの葉めくりだ。
 ヤツデの葉の裏は、いろいろな虫が利用する。とくに冬場はヤツデの花を頼りにする虫も多く、そのあとにできる果実を見るだけでも気が晴れる。これといっためぼしいものがないときには、それらがあるだけでありがたい。
 わが家の目の前が雑木林だったときには、数歩進むごとに生えていた。花や実では、サングラスをかけたようなツマグロキンバエの姿をよく見たものだ。


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左 :ヤツデがなかったら、寒い時期の散策がつまらない。感謝!
右 :サングラスをかけたようなツマグロキンバエ。以前はよく見たが、最近はあまり見ていない


 そんなことを思い出しながら歩くと、最初のヤツデでさっそく、いいものに出会えた。
 写真を撮ったあとすぐに飛び立ったから、そこで越冬していたわけではないが、ムラサキツバメがいたのである。はねを開くと青いきらめきが見える美しいシジミチョウだ。

 叶うなら、集団で越冬するところが見たかった。それも冬場の宿題のひとつにしているが、遠くに行かないいまは、このあたりで1匹見つけるだけでもラッキーなのだ。
 よく似た感じで尾状突起のないムラサキシジミも見かける。だが残念なことに、どちらも集団でいるところが見つかったという報告はまだない。
 もっとも、ほとんどが家族からの連絡待ちだから、いい加減なものである。


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左 :ムラサキツバメ 。はねを開くと、宝石のような輝きが見えるはずだ
右 :人をにらみつけるようなクロスジホソサジヨコバイ。怒っていないとしても人相(虫相)は悪いよね


「きょうは幸先がいいぞ」
 そう思うことが、まずは大切だ。この時期にはそういう前向きな気持ちで接しないと、何も得られない。
 と思っていたからか、数枚めくったところで、クロスジホソサジヨコバイに出会えた。俗に「マエムシダマシ」と呼ばれる虫だ。
 成虫で5mmほどになるから、ヤツデの住民の中では大物に入る。
 マエムキダマシと呼ばれる理由は、見ればわかる。コイツの頭はドッチなのだ? と首をひねるくらい、面倒なデザインだからだ。
 しかも、いつ見ても何かに怒っている。いや、確かめる方法がないからそう思うのだが、上目づかいでにらみをきかせる。
 それでも憎めないのは、正面から見るとどことなく、愛きょうのあるゴローに似ているからだ。ゴローというのは、ぼくが子どものころ、親せきの家にいた犬のことだ。声をかけると、うれしそうにしっぽを振って、寄ってきた。
 ゴローの思い出を引き寄せるクロスジホソサジヨコバイは、さまざまな成長過程にあるものがばらばらにとまっていた。多くの虫はほとんど同じように育つのに、どうしてこんなに差があるのだろう。
 すこし前に脱いだばかりと思われる抜け殻があり、その近くに、すっきりした表情の成虫がとまっていた。
 ヤツデに寄り付くということは、その汁を吸うこともあるからだろう。だが、見たところ、これといった被害があるようには見えない。

 ヨコバイと聞いて農家がすぐ頭に浮かべるのはツマグロヨコバイだろうか。水稲の害虫として、ウンカとともに古くからよく知られる。
 ではこのクロスジホソサジヨコバイも、何かの農作物の害虫になっているのか?
 調べてみたが、シャクナゲの害虫になるとしかわからなかった。


tanimoto96_10.jpg うっかりして、クロスジホソサジヨコバイの幼虫と間違えそうになったのが、紡錘形をした平べったいカイガラムシだ。
 あしらしいものが6本あり、ちっこい目玉のような黒い点が見えている。
 ミカンワタカイガラムシの幼虫のように見えるが、さてどうだろう。害虫図鑑によるとかんきつ類以外にもトベラやヤツデ、クロガネモチに寄生すると記されていた。ということでまずは、そのようにマイ認定とした。
 それにしてもこれがどうして、「ワタ」カイガラムシなのだろう。
 いささか疑問に感じるが、メス成虫がつくる卵のうが綿をくっつけたようになるため、その名をもらったらしい。
 害虫として嫌われるのは、汁を吸って排出する糖分を栄養源としてすす病を発生させるためだとか。いやあ、ヤツデの葉にいてくれたおかげで、勉強になる。
 ここに来る途中の公園には、カイガラムシのイメージにぴったりのツノロウムシがびっしりはりついていた。ツノロウカイガラムシとも呼ぶが、こんな形ならカイガラムシだとわかるのだが、ミカンワタカイガラムシのようなものは素人の手に負えない。
右 :ミカンワタカイガラムシの幼虫かな? よく見れば、あしらしきものが6本ある


 「さて、ほかにはなんぞ、おらんかいな」
 1枚ずつ、ヤツデの葉をめくっていくと、いるいる、いたいた。
 といってもほとんどが、観察者泣かせの小さな虫たちである。
 そんなローガン持ちを助けてやろと思われているのかどうか、近年のカメラの進歩には驚くばかりだ。シャッターをポチッと押せば、ある程度は写る。
 むかしはそうもいかなかった。それでもなんとかして撮りたくて、中間リングをはめたり、クローズアップレンズや虫眼鏡を重ねて使ったりしたものである。
 苦労して撮っても、現像するまでわからない。それでいったいどれほど散財したものか。
 デジタルカメラが現れた当初は、こんなもので虫が撮れるのかとフンガイしていた人たちも、いまではデジカメに鞍がえだ。まさに技術進歩さまさまである。
 シャッターを押すだけとはいっても、プロが撮るようにはいかない。まあ証拠写真にはなるでしょうという気持ちでいないと、がっかりする。そういう気持ちでいるせいか、なかなか上達しない。
 カエデの葉の虫たちのように小さなものや風が吹く日には、とてもじゃない。
 なーんてボヤいていてもしかたがないので、とにかくポチッと押す。そしてそのあと、カメラの液晶モニターを見て、「ほほう、オヌシはやはり、虫であったのだな」と納得する。
 そうやって器械の力を借りながら葉っぱめくりをしていくと、顔なじみのキイロテントウ、チャタテムシの一種とその幼虫、ヒメヨコバイの一種、フユユスリカの一種、アブラムシの一種、ハチの一種と、ほとんど名前のわからない虫たちがいくつも出てきた。どれもこれも「一種」としか言えないのがかなしいが、見られるだけ感謝しなければならない。


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左 :キュウリの葉ではおなじみのキイロテントウ。うどんこ病菌を食べてくれる
右 :チャタテムシの一種。これはあちこちの葉で見つかった


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左 :ヒメヨコバイの一種。あしのとげとげを見ていると、ゴキブリを思い出す
右 :フユユスリカの一種。ひげが立派で、なかなか良い顔をしている


「いやあ、よかった。空振りにならなくてよかった、よかった」
 さらに葉をめくり上げる。裏から見上げる。
 と――。
 突然のように現れた巨大なものはアブラゼミとおぼしきセミの抜け殻だった。
 さらに次の葉で、セモンジンガサハムシの登場だ。
 ひとによっては「生きている宝石」と表現するが、たしかにそんな貫禄はある。
 とはいえ、リンゴやナシなどの害虫にもなるので、この美しさに免じて、いくらか多めにみてやってほしいと願いたくなる。
 続けて、クサカゲロウの繭を見つけた。丸いままのものがあれば、ふたの部分がスパッと切られたような羽化後の繭もある。
 どこぞに幼虫でもおらんものかと探すと、それとおぼしきものが見つかった。
 しかし、じっとしていない。
 あわててシャッターを押したのだが、いかんせん、道具はよくてもしょせんは使い手次第だと思い知る。
 「ま、クサカゲロウであることはたしかだな」
 と思って撮った画像を見直すと、どこかおかしい。
 よく見るクサカゲロウの幼虫は牙が目立つのだが、そいつには、くし状の触角があった。
 またまた、未知の虫の登場である。


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左 :これは大物。アブラゼミと思われるセミの抜け殻
右 :セモンジンガサハムシ。見るものが少ない時期に出会えるとうれしくなる虫だ


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左 :クサカゲロウの繭。種名まではわからない
右 :一度見たら忘れられないシロスジショウジョウグモ。個体差が大きいようだが、これは背中のすじもはっきりしていた


 それにしてもヤツデはよくまあ、こんなに楽しませてくれるものだ。
 お礼を言いたくなったぼくの前に、こんどはクモが現れた。初めて見るシロスジショウジョウグモだ。体が赤いから、「猩々蜘蛛」というのだろう。
 その体の模様は、個体差が大きいという。ぼくが見たのは名前どおり、背中に白いすじが入ったものだった。
 クモはもう一種、ウロコアシナガグモも見つかった。黄緑色を基調にしながら、あやしげな輝きを有している。ジンガサハムシも美しいが、このクモも負けてはいない。イヤリングなどにどうかなあ。


 そんなこんなでヤツデにはすっかり世話になった。
 そして、思ったものだ。ヤツデの葉だけでも、こんなに多種多様な生き物がすんでいる。
 その多様性のおかげでこの林があり、ヒマ人の心をなぐさめ、おそらくは自然界のバランスをとるのに一役も二役も買っているのだろう、と。
 いつになく感謝の気持ちがあふれ、その分、ハラが減った。
 さて、ハラノムシにも何か、お礼をすることにしましょうか。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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