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きょうも田畑でムシ話【94】

2021年1月 8日

カバキコマチグモ――ちまき部屋の秘密  

プチ生物研究家 谷本雄治   


 ――虫に、愛はあるんか?
 どこかのCMにあるような困った問いかけをされた。
 例えばアリの場合、「結婚飛行」という表現をするくらいだから、繁殖という意味に置き換えれば多くの虫に愛はある。
 もっとも、当の虫たちがどう考えているのかは、人間にはわからない。


tanimoto94_1.jpg エサキモンキツノカメムシというカメムシがいる。俗に、「ハートを背負ったカメムシ」と呼ばれるものだ。ヒトはハートに弱いから、その呼称にはインパクトがある。
 自分が産んだ卵におおいかぶさるようにしているところはなるほど、卵を守っているように見える。しかも卵がかえってからもしばらくは幼虫を保護するから、背中のハートに恥じない母性愛ではある。
右 :卵を守るエサキモンキツノカメムシ。これを見ると、虫にも愛を感じる


 ただ、ぼくが観察した例でいうと、守りきれない卵もあった。意思が弱いということではなく、物理的に難しいのだ。
 なにしろ、大量の卵だった。どうしてそんなにたくさん産んだのか知らないが、自分の体ひとつではとても守りきれない数の卵が、葉の上にあるのだ。すぐ近くの別の葉を見ると、そこで卵を守るメスは、卵にかぶさったまま、雄と交尾をしていた。
 カメムシの産卵が交尾の直後に始まるのかどうか知らない。だが、それが引き金になって産卵が始まるのだとしたら、どんどん産み足していっても不思議はない。
 その結果、大量の卵になる。そうなったら、どうするのだろう。その後の行動を確認していないのでなんともいえないが、親の庇護から外れた卵や若齢幼虫はちょっと気の毒な気もする。
 そうした例外はあるにしても、基本的に卵を放棄することはなく、飲まず食わずで卵と幼虫を守るところは見習うべきかもしれない。やはり、愛情たっぷりで子に接する愛のあるカメムシということになるのだろう。


 水生カメムシでもあるコオイムシは昨今はやりのイクメンで、オスが背中に卵を背負う。はがされると卵は生きていけないというから、まずは見上げた父性愛とみていいのだろう。
 なにかと蔑視されがちのハサミムシも、その行動は尊敬に値する。メス成虫が自分の産んだ卵やふ化した幼虫を守る。親虫は卵を並べかえたり表面をなめたりして、かびが生えないよう、ダニが寄り付かないようにしているのだとか。なかには子虫にえさを運ぶものさえいるという。
 その一種、コブハサミムシに至っては、ただ守り育てるだけでなく、最終的には自分の体さえも幼虫たちのえさにしてしまう。だからそれを究極の愛と呼ぶことが多い。
 そこまでする? なんてツッコミを入れたくなるが、そうした虫が現実にいることを考えると、虫にも愛はあるのだと答えたくなる。


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左 :背中に卵を背負うコオイムシ。産んだのはもちろん、ここにいないメスだ
右 :ハサミムシは土の中にいるとは限らない。花を見ていると出くわすことも多い


 子守りをする虫もいる。
 といっても昆虫ではないが、その名もコモリグモというグループがある。
 卵のカプセルである卵のうを抱えて走り、ふ化した子グモも背負ったまま、忙しそうに動き回る。
 そんな様子を見て子守りをしていると考えたのだろうが、半世紀ほど前まではコモリグモ科ではなく、ドクグモ科だった。クモたちにとっては名誉挽回とになるのかもしれないが、それもまたヒトの勝手な見方であり、クモ自体は生活習慣を変えているわけではない。
 毒グモといえば、世の中を騒がせたのがセアカゴケグモである。普通だったらそんなクモの名前を、人々が当たり前のように口にすることはない。
 ところがなにしろ、毒グモだ。かまれたら大変なことになるというので、懸命になって探すことになった。幸いにも目立った被害にはなっていないようだが、人騒がせなクモであることに変わりはない。


tanimoto94_6.jpg それで思い出したのがハンゲツオスナキグモだ。漢字では半月雄鳴き蜘蛛とでも書くのだろう。たしかに半月模様があり、どうやらオスが鳴くらしい。
 これまで一度しか見たことがないので、残念ながら、鳴くことは確かめていない。それよりもそのクモを見たのはちょうど、セアカゴケグモ騒動が起きたころだった。
 しきりに報道されているクモの映像や写真をながめると、たったいま手にしたクモに、なんとなーく似ている。
 まさか、わが家の近くにもいたのか!?
 いささか動揺しながら調べてみると、どうも別種だった。ひとまず安心し、よくよく見ると、鉢巻きをしたタコに見えなくもない。ハンゲツオスナキグモは、鳴く特技はともかく、見た目にもなかなかユニークなクモだった。
 ぼくと同じような勘違いを多くの人がするようで、インターネットで検索したところ、両者を間違えた例がいくつも見つかった。その点でもなぜか、ほっとした。
 セアカゴケグモもハンゲツオスナキグモも、ヒメグモ科に属する。だから直感的に似ていると思ったのはあながち、ハズレでもない。
右 :ハンゲツオスナキグモ。セアカゴケグモと間違える人は意外に多いようだ。そのわりにはあまり見かけないのだけどね


 ヒメグモ科のクモの中にはまたまた、興味深いものがいる。
 ここで話は虫の愛に戻るわけだが、コガネヒメグモはなんと、「スパイダーミルク」なるものを出すらしい。
 エサキモンキツノカメムシの卵を守る行動から連想されるのは、鳥の抱卵だろう。その鳥の中でもハトは、ピジョンミルクを出すというので有名だ。
 なにしろ、ハトにはおっぱいがある。
 などというのは下世話なジョークで、ハトはそのうからミルク状のものを出して、ひなに与える。だから、オスも乳を出して子育てをしていることになる。
 とすると、コガネヒメグモも同じことをするのか?
 そう思ったとしたら、それは正しい。母グモはふ化した子グモたちに、半ば消化したミルク状のえさをはき戻して与えるらしい。
 そのさまを見てみたいではないか。
 とたんに鼻息が荒くなったが、その前にはまず、コガネヒメグモに出会わねばならぬ。
 コガネヒメグモはその名の通り、黄金色のクモだが、ふ化したばかりの子グモはせいぜい茶色だ。それが一度皮を脱ぐと、まさに一皮むけたような黄金色になるというのだから、ますます見たくなる。
 ヒメグモ科には変わり者が多い。
 クモはどれも肉食だと思っていると、そうでもないことにまず驚かされる。このグループでは、花粉を食べたり子育てをしたりする習性を持つ仲間が知られている。
 面白いのは、食べたえさによって、体の色が変わるものがいることだ。赤いハダニを食べて腹を赤くしたもの、緑色のアブラムシやアオバハゴロモを食して緑色になったものが見つかっている。
 カタツムリのふんの色がえさによって変わるのはまだわかるが、体の色を変えるとなるともはや、アメリカン・コミックの超人ハルクみたいなものである。


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左 :オオヒメグモ。このクモの糸が照準器に使われたそうだが、よくまあ、思いついたものだ
右 :卵を保護していたカバキコマチグモ。あしの先が黒く、くちも黒い。だから、「クチグロ」の異名も持つ


 ぼくが最近見たヒメグモ科のクモは、オオヒメグモだ。
 かつては照準器の十字の目盛りにその糸が使われた。それもただの糸ではなく、卵のうを包む極細の糸が最高級品だったと聞いたことがある。あの細い糸もばかにはできない。
 外国から侵入したセアカゴケグモ騒動の時にクローズアップされたのが、純国産種のカバキコマチグモだ。ススキのような葉を器用につづり、ちまき似の巣をつくる。だから野外を歩いていれば時々、目にする。
 だが、カバキコマチグモが有名なのはそれだけではない。コブハサミムシと同じように、親グモが自分の体を子グモに差し出すのだ。
 それでもまだ、驚きは半分だろう。カバキコマチグモは強烈な毒を持つクモとしても名をはせる。
 ハブやマムシ、ヤマカガシよりもずっと強い毒を持つという。世界一の猛毒ヘビとして有名なインランドタイパンの5倍の毒を持つそうだから、ひぇーと50回は叫んでもいいくらい、強烈な毒ということだろう。
 世界猛毒生物のなかで第6位となったこともあるようで、できればそんなオソロシイものには近づきたくない。
 そんな話がセアカゴケグモと一緒に盛んに流れたからか、カバキコマチグモの名前が一気に知れ渡った時期がある。まったく知らないよりはマシだろうが、ちょっと行き過ぎた感はある。
 人によっては発熱やおう吐、ショック症状が出ることがあるらしい。幸いにも死者は出ていないそうだから、第1号にならないよう気をつけるに越したことはない。


tanimoto94_5.jpg  tanimoto94_8.jpg 
左 :これ、これ、このちまき。こしらえたのはカバキコマチグモだ
右 :ヤマトコマチグモは全身が黄色だとか。このクモのあしの先は黒くないから、ヤマトさん?


 カバキコマチグモがヒトにかみくのは、そのちまきの中にある卵を守るためだとされている。これもまた、かわいい子の安全を保つためのやむを得ぬ行動、親の愛だと理解することにしよう。
 外見で見分けるのは難しいが、カバキコマチグモによく似たクモがもう一種いる。
 ヤマトコマチグモだ。カバキコマチグモみたいな巣をつくり、その中で卵を産んで子グモを育てる。
 カバキコマチグモと同じように、神経毒を持つ。ただし、母グモが子グモに食べられることはない。そっくりさんでも習性は異なるのだ。
 区別ができようができまいが、彼女たちは、ちまきの中にいる。その巣から飛び出して、わざわざヒトにかみつこうと考えることはまずあるまい。
 理由がなければ、自分の生活をしっかり守る。それが愛ある行動でもあるからだ。
 外部との接触ということでいえば、普通に網を張って獲物を待ち構えるクモの方がよほど恐ろしい。自分の網に獲物がかかったという振動が伝わればすぐに出てきて、す巻きにしようとする。
 網を張る造網性のクモはまだいい。徘徊性のクモはあっちへ行ったりこっちへ来たりするから、人間に出くわす確率も高いはずである。


tanimoto94-10.jpg ちなみに、カバキコマチグモの「カバキ」は、樺色っぽい黄色といった意味だろう。そして「コマチ」は、巣の中で子グモが待つことからの「子待ち」だと思っていた。
 ところがどうも違うらしいということを、つい最近になって知った。美しいことではかのクレオパトラ、楊貴妃に並ぶといわれた平安時代の女流歌人・小野小町にちなんだ名前だとか。 その名を受け継ぐコマチちゃんだが、うっかり手を出すと痛い目にあうことは、小町と同じなのか......もちろん、知らないけれどね。
右 :カバキコマチグモ。ちょっとのぞかせてもらったら、休憩用の巣なのか、クモだけがいた


 人間の目にはとても残酷に見えるカバキコマチグモの行動・行為だが、母親を食べないと、子グモはまともに育たないとみられている。
 母グモを食べた子グモの体重は3倍になり、脱皮して3齢になる。そのおかげで、外の世界にもうまく飛び立てる。母グモは子グモの成長を願って身を投げ出すのだ。
 そんなことを知ったら、ぼくにできるのは頭を下げることだけだ。まさに脱帽だ。
 虫にだって、しっかりと愛が存在するようである。

たにもと ゆうじ

プチ生物研究家・作家。 週末になると田畑や雑木林の周辺に出没し、てのひらサイズのムシたちとの対話を試みている。主な著書に『週末ナチュラリストのすすめ』『ご近所のムシがおもしろい!』など。自由研究もどきの飼育・観察をもとにした、児童向け作品も多い。

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